今年も残す所、今日限りとなった。
前回に引き続き、今年の振り返りを行いたいと思う。
就活と、その後の借金返済の為のバイトを終えた6月30日。
俺は希望に満ち溢れていた。残りの9ヶ月間、リアルに自由だと。
とりあえず、7月はそれまでバイトバイトバイト....&節制の日々を送っていたので、
ノーバイト&消費を増やす(主に飲食)な日々を過ごした。
一応、大学の期末試験もあったが、そこまで苦しい局面でもなく、夏休みに入った。
それまでの3年間は、学生団体やサークル等で、夏休みの予定はそれなりに埋まっていた。
昨年はほぼ全ての期間、インドネシアへ行っていた。
しかし、今年の夏はほぼ予定はなかった。
組織に所属していれば、受動的にスケジュールは埋まって行くもの。
しかし、全てを引退した自分にとって、そのような要素は無かった。
確かに、内定先の旅行はあったが、ほんの一泊二日である。
人付き合いは決して悪い方ではないが、過去に所属していた団体の多くを、既に辞めていた為、そこでの知り合いとの付き合いもストップしていた。
そこでは会っていたし、飲みに行ったりしていたけど、辞めると付き合いがなくなったという感じだ。何故なら、彼らはそのコミュニティで普段活動している訳で、特に学外のコミュニティとかだと辞めてしまえば会う機会はほとんどない。
学内の友達とばったり会って少し話したりとか、たまぁ~に飲みに行ったりする位。
だから、もし残っていれば、大学最後の夏休みもそれなりに予定があったであろう。
最後まで活動した団体は、同期が少なく、あまり活動以外での絡みが多いという感じの風潮はない。むしろ、後輩と仲が良いので、彼らとは何回か夏休みも飲んだりしていたが、日中なんかは特に時間があった。
バイトも一ヶ月半の夏休みで5,6回程度しか行かなかった。
だから、結構部屋にいる時間も多かった。そんな、夏休みであった。
空いた時間に何をするのか?自分にとって、ひとつの大きな関心であった。
何故なら、自分がもし何かに追われる事なく過ごせるとしたら、何をやろうとするのだろう?
つまり、自分が何をしたいと思っているのか?自分自身に対する興味があった。
これまでは、「何かで忙しいから」という理由を付けて、興味はあったけれども手つかずなアクションがあった。しかし、今となっては、そのようないい訳はない。
だからこそ、自分が何をするのかに、自分自身、興味があったのだ。
夏休みは本当に平穏だった。大学が始まってからは、勉強したいと思ったので、他学部の授業も含め、多くの授業を履修し、聴講した。夏休みと比べると、授業に出席していた分、日中の予定はある意味で受動的に埋まっていた。しかし、放課後は本当に自由だったと思う。
そんな中で自分が何に取り組んだのか。
おそらく大きく分けると3つ。勉強・お酒・映画だった。
中でも、本当に自分が自然と楽しめたのがお酒だった。
今年から、本当にお酒にはまって、自分で30本弱をボトルで購入した。(日本とスコッチウイスキー、バーボン、リキュール、ジン、ウォッカ等)
家でしっとりと飲む以外にも、友達(主に後輩)と飲みに行く事も多かった。
だから、思う。自分が自然体でありのままな気持ちでいる時、自身はお酒と、それを一緒に楽しむ仲間といる時間を欲しているのだと。
これは自分が、本能的にやりたいと思っている事なのだ。
であるから、今後の人生においても、これを楽しんでいきたいと思う。
これに対して、真に自然的というよりも、少なくとも若干は「やらなければならない。」という動機で動いていたのが勉強と映画であった。
映画に関しては、大体月に5,6本、夏前から観だしたので、40本弱を観ただろうか。
衝動的に観たい!と思っていたというよりかは、時間もあるし、見てみるか。。という感じであった。大型の液晶テレビとソファーがあれば、もっと楽しめたかもしれない。
最後に勉強に関して。結論、授業よりも、書籍を読んだ方が効率的な学びが出来る気がする。教授によっては、そのクリティカルな考えを講義の場で知る事が出来る魅力はあるが、逆に90分間聞いていてもわっとする授業も多い。
ましてや、授業中に、もし自分がスマホを弄りたい衝動に駆られたとしたら?
それは、自分が真にその教授の話を聞く事を欲していないからだったであろう。
だからこそ、自分が欲しい情報を効率的に得る事の出来る読書の方が意味があったと思う。
といっても、ほぼ毎日読んでいたとはいえ、量的にはかなり少ないのも事実だ。
あらたな知識を得なかった訳では無いが、そのスピードはかなり遅い。
つまり、私は、この数か月間の間、それなりにやっていたが、あくまでそれなりであり、自身としてのやりきった感を感じる事は難しい。
確かに、恵まれた環境に自分がいるとは思うし、不自由はないし、それなりに楽しいけれど....。
そんな感傷に浸らざるを得ない大晦日である。
ここで、私は、自分に対して、ひとつのキーワードを提起したい。
「受動的な促進性」である。
これに関しては、来年のブログに綴ろうと思う。
2013.12
