地獄への道は近年長く折れ曲がる。昔と違い死んだらすぐ地獄へ落ちることが出来ず順番待ちをしなければならない。いつ自分の番が訪れるのかわからないし現在の年月(としつき)も死んでしまうとわからない。
地獄の敷地は、無限に広がっている。けれども施設、血の池地獄や針山地獄といった各地獄は収容人数に制限があるから人口が増えた現代社会では死んだ人口は地獄では溢れてしまう。
ここにとある60代の男性がいる、高血圧で頭痛が日常的に悩み薬を飲んでも頭痛は改善せず日増しに筋肉痛や吐き気が増え遂には低体温症で息絶えてしまう。
死ぬと宙から自分を見てるなんて嘘で強い吸引で引っ張られてしまう。流れゆく景色の中に懐かしさを感じる、景色が流れるように見えるのは走馬灯だ。
気が付くと山にいた。
山の登山道を登る長蛇の列、樹木はなく石と岩だらけの山なので人が並んで登っていくのがよく見える。他界してから60代の男性は列の最後尾に並んだがこれからどこへいくのか何のために並ぶのか理由が皆目わからないから前の人に従って上るしかない。
誰一人として話す人はおらず黙々と登続ける人、生気はなく目は虚ろでひたすら歩き続ける。
列の先頭まで来た時何時間いや何年過ぎていったいったろうか。
どれくらい歩いたかどの位の時間が過ぎていったかわからないし時計がどこにもないから時間がわからないし太陽が昇らないので陽の動きで時間の予測が出来るのだがそれも無理だった。
”次は不忍さんですね”
山の頂上では誰もいないはずなのに自分を呼ぶ声がした。
突如として事務所の中にいた。
目を凝らすとその人物を見て息を呑んでしまう、まっすぐだと足の脛しか目に映らない見上げるとやっと胸さらに見上げると顔を見ることができた。
およそ3メートル、巨体な上髪の毛のない額には人には見慣れぬ遺物が3本、天を貫きそうな角があった。
見た目の割に言葉は丁寧でそのアンバランスに呆然となる。
”あなたは地獄に行くことなりますからその場で待機してください”
”現在地獄は過密となっておりましてどの地獄も順番待ちになります
呼ばれるまで別室で待機してください”
「地獄ですか・・・」
鬼だ、本当に存在しているとは思わなかった。
地獄と言われたのには衝撃だが短期間で災害が複数あったことを考えると地獄も満杯、刑を実施されるまで何百年もかかると考えたから不安は軽減できた。
だが
急遽裁判が取り行われ山を下山しなければならなくなった、下山しているとトンネルが現れ通行灯のない漆黒の闇の中を歩かねばならない。長かったトンネルを抜けると蔦が這う大きな建物が正面に現れた。
法廷で裁判長から宣告された。
裁判長の肩書だがどこから見ても閻魔大王だ。
「200年の執行猶予が終了、即座に刑を執行とする」
100キロはありそうな小槌を叩いて法廷は終わった。ドラム缶と同等の小槌を軽々と扱う裁判長、裁判長の大きさが理解できると思う。
不忍という名前の男が送られたのは蛇功地獄、大群の蛇が襲う地獄で大抵の死者は精神を病み失神してしまう、絞殺されるというよりは心を折られて死に至る。殺されても蘇り何度でも苦痛を味わうのが地獄である。
”蛇か蛇も気持ち悪いが針山地獄でなくてよかった”
現世の地獄映画で描写されるような同じ針が何万本もある山などと甘いものではなく針も形状や大きさが乱立し生えている山で人の歩幅に生えており右足で針を避けても左足で確実に刺さるようになっている。
人の腰くらいまで草が伸びる草原に落とされた不忍(しのばず)、草で何匹いるかわからないのは恐怖を煽る。草が揺れることで蛇の動きがわかるがあちらこちらの草が揺れる、それも自分に近づくのが理解できるのも恐ろしいものだ。
「いてつ!」
足元を見ると2匹の蛇が噛みついていた。
立っていられない、体の温度が落ちていき意識が遠くなる。地面に手をつくとざらついた皮膚がゆっくり動いていたのを感じる。胸を締め付ける感覚もあるし腿をきつく締めあげる感じもあった。
ひとつ忘れていたのが毒蛇の存在でまさか地獄にも毒蛇がいるとは夢にも思わなかった。
呼吸ができない
苦しい
絶命する意識の中で蛇の種類を考えた。
アフリカにしきへび、コブラ、レッドスネーク、マムシ、やまかがし、ハブ、青大将、アナコンダ、しまへび
地獄で絶命した不忍(しのばず)だが再び目覚めるとそこは地獄ではなく白い神殿で明らかに地獄とは違っていた、蛇地獄では何度絶命しても再び蘇ると聞かされていたので不忍(しのばず)の驚きは大きかった。
「お目覚めですか神皇(しんのう)閣下」
八百万いるとされる神々の頂点に鎮座するのが新皇家(しんのうけ)であり新皇家を統率するのが新皇帝とされる。新皇帝は代々地獄を体験する研修があるのである。
「新皇ってわたしのことですか?わたしは不忍と言いうんですが」
「オホホ、閣下ご冗談を。皇后様がお待ちになってます、急いで」
声をかけたのは十二単と中国の礼装のチャイナ服を合わせた初めて見る服を着た女翔である。
不忍は身分が高いと思われるにょしょうに腕を掴まれて壁に囲まれた長い回廊を走る。走っていると突き当りに扉が見えてきて近づくにつれ大きくなる。
どんどん
どんどん大きくなっていく
目前に扉が触れる場所まで来ると扉の全貌を視界に入れるには下からゆっくり見上げないとならない、まるで巨人が出入りするように巨大なとびらだ。
「新皇閣下いや帝、この扉の向こうに皇后さまはいらっしゃいます」
「いやいやこんな大きな扉開かないでしょ」
試しに扉を押してみるがビクともしなかった。
不忍は180度体の向きを変え背をむけた、当然この場を去るつもりだ。
「帝、どちらへ」
「帝じゃないし嫁などいないから無理して扉を開ける必要なんてな
いんでね、帰るんだよ地獄へ」
女翔は掌に鏡を現せ不忍に鏡を見せながら言い放った。
「おかしいと思いませんかろくに走ることができなかった60代の
あなた様が普通に走れるのです、この姿が現在の神族となったあ
なた様、当然神族となったからには地獄で処罰されることはござ
いません」
鏡をみると25歳くらいの男が映っている。自分の動きと同じように動くので自分に間違いないだろう、ただ不忍は自分が帝(みかど)になることがどうも納得できなかった。
地獄にいれば煩わしい人間社会とは無縁肉体がない以上痛みは思い込みで腕を切られようが首を切られようが考え方次第で無痛になる
と地獄を離れ今はそう思った。
現世で生きてるときから人としての楽しみ、笑いなどあまりなく早く死にたいと日頃から感じていたから地獄での生活は痛みはあったけれど心は満たされた、それが帝として神になったら死んでからも他者との関りを持たなくてはならない。死んでからも人間社会の延長の神族など御免被る。
だが皇后の存在だけは興味が沸いた、男女の親密な関係など無縁だった不忍(しのばず)だったのでどんな人か知りたくなっていた。
”扉を開けば皇后がいる”力を
興味はあるが大きな扉はビクとも動かない、軟禁されているのだろうかとさえ思った。
であれば助け出さないとならない使命感から扉を開けようと必死に
力を籠めるが扉は何の反応も示さない。
すると扉の内側から声が聞こえた。
「仙寿殿まだ帝様はお見えになりませんか、皇后さまは首を長くし
てお待ちになっております」
「お見えですがどうしても会いたくないと申されまして」
「扉を開けないしわたしでは開けることももできませんから困ってし
まって」
すると壁のように押してもまったく動かなかった扉がゆっくりと開き始め扉の隙間から部屋ではなく大広間だったということが把握できた。
扉が通れるくらい開くと中から女翔二人が現れ告げる。
「扉の開け方を教えればいいでしょう、困った方です」
女翔は不忍(しのばず)を視認すると床に片手をつきしゃがみ込み従順の礼を示し挨拶する。
「我供2名は帝様にお仕えさせて頂く士官長でございます」
「御用があればなんなりとお申し付けくださいませ」
「帝と言われましても困るんです、帝になるつもりはありません」
扉を開けよとしたのは一目皇后を見るだけで帝になる為ではない、そもそも八百万の神々を統率する立場になるなんて冗談ではないと
不忍(しのばず)は考えていた。
地獄へ送られたのも新皇宮殿を訪れたのも不忍(しのばず)の宿命
不忍(しのばず)は宿命に逆らおうとしていた、この世界で新皇になれるのは不忍(しのばす)以外にはいなかったし皇后を妻にできるのは新皇ひとりだけ。
「皇后さま、士官長が面会を希望しております」
「会いましょう」
大広間には連絡通路を配して各禮宮へ移動出来る。
十二支を模して連絡通路が四方八方に伸びるが中央の階段を下ると奥の院へ降りることが出来る、その奥の院には皇后がいる。
「好きにさせてくだい、何れわたくしに合わねばなりません。」
「今だけです」
そして30年
「士官長卯月、あの人はどうしてますか」
「再び人間に転生したそうです」
「またですか、50年待って地獄からすくい上げたというのに人の気
持ちが判らない人ですね」
能力に目覚めた彼は人間に転生できる力を得て北海道で生まれた。
平々凡々な北海道での暮らし
人間に輪廻転生した不忍(しのばず)は神階に皇后がいる理由から結婚できず人として生涯独身で貫き幕を閉じた、享年70歳であった。
通算150年現世で暮らしたがまだ納得出来なかったようで今度はドイツで生を受ける、男の人生は飽きたようで今度は女性とした。
結局30歳の時交通事故で他界する。
不忍(しのばず)が死ぬ都度皇后は宮殿へ今回こそ帰還してくれる願いを込めて引き上げたが不忍に想いは届かなかった。
年月は流れ不忍(しのばず)が地獄へ堕ちてから500年が経過した、新皇宮殿はいつものように神々の応対に追われる毎日。
士官長は笑いを堪え皇后にお伺いをたてにやってきた。
「皇后さま、来賓のお客様がお見えになっております」
「一体どちら様でしょうか、この多忙な時期に」
皇后の前に鎮座して顔をあげた瞬間、皇后は口を手で押さえながら大粒の涙を流している。
「お前様は・・・」
永かった
本当に永い年月であった
どんなに会いたいと想ったことだろう
しかし今まで逢ったことはなく逢うのは初めてだった。
今回が初対面だが心が躍り涙が溢れてしまったのである。
「初めて面通しさせて頂きます、不忍(しのばす)と申します、御控
ながら帝をさせて頂く者でございます」
「あなた様は帝です、そんな他人行儀な物言いは辞めてくださいま
せ」
「あなた様はお忘れですかわたくしは久美ですよ」
「毎日のように電話で話した久美なんですよ」
「あの久美さんかい?」
逢ったことはない、久美からの電話で泣きながら痛みを訴えるから見舞いに行こうとしたが久美から拒絶され会うことがなく久美は病死した、久美の死後写真だけ見せてもらいリアルな彼女を知ることできた、たったそれだけの関係だったが彼女の存在は心に深く焼き付いた。
皇后である久美、不忍(しのばず)の生前から天界で彼を見守って
死去し地獄へ堕ちてから天界に来るのをいつか、いつか心待ちにしていた、逢ったことがない二人ではあるが魂が呼び合っていたようだ。
二人は手を繋いだ。
二人が手を繋ぐと宮殿がひと際輝き神殿が主を待っていたかのように応える。
「忙しそうにしていたから仕事の続きをしようか」
「いいのよあんなもの、とりあえずエッチしよう」
「な、なんで」
Fin
この物語はフィクションであり登場する人物
団体と歴史は関係ありません