「三芳さん、仕事あるんですが受けて貰えませんか」
「え!?わたし出産休暇取ってるんですから無理ですよ」
映画撮影する鬼島監督はリアルに撮影すると有名で今回撮影する映画も妊婦にリアリティを求め膨らむ腹を持つだけの女優では気に入らなかった、彼は妊婦に生じる顔の浮腫みも希望した為現実の妊娠した女性を求めたのである、しかし実際の妊婦で監督の求めた妊娠女性像を叶える女性は少なくトップ女優で著名度が高い三芳香那に白羽の矢が立ったというわけだ。
「鬼島さんならそういう映画作りたいのもわかるけど出産控えた女優に頼むこと自体、無理があると思いませんか?」
「香奈ちゃん、頼むよ。出演料は前回の1,5倍出すからさ」
「香奈ちゃんの調子に合わせる、体調が悪いときは休んで貰っていいし最悪のことを考え産婦人科のドクターに同席して貰うしさ」
「最悪って監督わたしを死なせたいんですか?」
「そういう意味じゃなくてね、撮影中出産になっても大丈夫なようにさ」
「わたしに撮影所で生めと?」
「兎に角、出産に関することなので夫の承諾がないと引き受けられませんよ」
「そりゃあ勿論そうだとも」
数日後、夫である松波慎介は鬼島監督に呼ばれ渋谷駅近くにある公園の隣にあるカフェで会う事になった。妻の香那から一人で逢うのは言いくるめられると危惧されたが慎介は自信満面に大丈夫だと言い放ったので香那は一人で送りだしたのであった。三芳香那の夫、松波慎介はごく普通の年収500万の平均的な会社員でトップ女優である三芳香那が結婚の記者会見した時は世間を騒がせるニュースとなったものだ。記者会見から僅か半年で妊娠発覚し”出来ちゃった婚”したとまたもや世間を騒がせた三芳である。しかし今日松波があうのは業界の人間、しかも数多(あまた)の芸能人の扱いに慣れる映画監督鬼島、対して業界人に会ったことがない夫松波慎介が不安で溜まらなかった香那だった。
「あれ随分会談は早く終わったのね慎ちゃん」
「話はスムーズに終わったんだよね」
「断ってくれたのよね」
「・・・OKしちゃった」
「なんで承諾しちゃったのよ」
「だって主役は牡鶴田牡丹が出るんだぜ」
「それがどうしたのよ、牡鶴田さんにわたしがお腹触れてもいいの?」
「お尻触られる訳ではない」
「それにさ香那、ぼくも撮影に同席を許可するパスをくれる約束を監督さんはしてくれたんだ、凄いだろう」
「ふ~ん良かったわね」
「あれ香那、怒ってる?」
映画監督と対面し出演を拒否した慎介だったが出産費用のことしか考えていなかった慎介は考えが甘かった。産後1年は働けることが出来ないと言われ慎介の生活設計が崩れていった。利益を生まない女優は事務所にとってお荷物でしかなく事務所から解雇される可能性も有り得ると監督から言われた慎介の頭に不安が過る。今まで妻の香那が出演料をいくら貰っていたか知らない慎介は監督から破格の出演料と言われては助役の出演となるのも止む無しと考えてしまった。
「助役の出演と言われましたがどのような役ですか」
「主役の加瀬すず演じる美和の従妹、美人て知的なおねえさんとして昔から姉みたいに美和が慕っていた香那さん演じる麻子というわけで
要は美和が出産控えるシングルの香那が住む家へ転がり込むのですよ」
慎介は主役しか受けてこなかった香那の怒れる顔を想像した。素直にありのまま妻に説明するのは危険だと判断した慎介は考慮する。
考え悩んでみても思いつくことはない、思い浮かんだのは妻の香那から嘘を見破る方法があると聞かされたことだった。
”君って嘘をつくと汗が出て視点が定まらなくなるの”
そこで慎介は監督からキャスティングを見せて貰い主役に牡鶴田が出ると知り閃くものを感じとった。全国の女性から結婚したいナンバー1に選ばれた牡鶴田は男性からも評価が高く慎介も憧れていた男性俳優である。牡鶴田が出るからだと言えばそれは嘘にならないと思った。帰宅し妻の香那に説明すると慎介の思惑通り、香那から嘘だと言われなかった。
撮影が無事終了し出産したのは桜が満開の春だった。
18年の歳月が流れ胎児として映画出演した子も高校を卒業した。三芳香那は50才になり業界を昨年引退した。松波家ではテレビドラマを家族で見ていると初老となった牡鶴田牡丹が老人役として久しぶりに出ている。
「母さん、僕あの人と会った気がするんだ」
「気のせいよ、祐ちゃんが芸能人と会った訳ないでしょう」
「それもそうか」
昔、祐介が7歳くらいだったろうかドラマの撮影現場で牡鶴田に駆け寄って抱き着いた時のことを香那は思い出す、パパと呼ばれ隠し子が存在していたとニュースになった時のことを思い出すと微笑んでしまう香那だったが息子祐介には言わない。撮影中は親子に近い関係だったとしてもそれは役柄だけのことで実際は関係ない他人なのだから。
おわり
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません