[短編小説] 桃次郎の祝言 | 妄想小説日記 わしの作文

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わたしの妄想日記内にある”カゲロウの恋”の紹介するために作った
ブログです

 

ではない

尾川悠花はドサ回りをして地方巡業する演歌歌手、しのぶという先輩

歌手と共に苦難を乗り越えてここまできたがいつまで経過しても報わ

れず今の生活に疲れを感じていた。そんな時に知り会ったのが全国

北は北海道から南は九州まで駆け回るトラック運転手の桃次郎という

運転手だった。悠花(ゆか)は昼間の余暇を利用し八十八か所巡りを

していたのだがアメリカ人夫婦と知り会いになる。実はこのアメリカ人

全米でも大手に入るレコード会社の社長だった。

悠花は大阪の大手プロダクションが自分の所属する事務所を通して

大阪でも有名なコンサートホールでの出演を依頼してきた、悠花にと

ってこれはビッグチャンスである。

 

今悠花の心は揺れている、歌手で大成したいという願いと一人の男性

と幸せな家庭を築きたいと思う心。ビッグなチャンスを貰った嬉しさか

ら桃次郎に聞いて貰いたかったので会ったのではあるが桃次郎は何

か勘違いしプロポーズをされてしまったのである。嬉しそうに将来の夢

を語り続ける桃次郎を見て悠花は引退し妻の座に座ることも悪くない

と考えていた。

「わたしお料理をあまり作った事がないから美味しくないかもしれない

 けど食べてくれる?」

「おまえの作ったものならなんだって食べれるさ」

先程まで時間を気にしていた悠花だったが覚悟を決めた今は時計を

見ず桃次郎と将来の設計を語り続けている。

 

「悠花ちゃん、あんたまだこんなところにいたの」

怒声をあげて近寄ってきた女性は歌手仲間の志のぶだった。

「もういいの、わたしこの人の奥さんになるんだから」

「何寝ぼけた事言っているの?ふざけるんじゃないわ、大きなステー

 ジで歌うのが夢だったじゃないの」

「もう放っておいて」

「あんた一人だけのことじゃない、あんたは私達下積みをする者達の

 希望なんだ」

桃次郎はなんの事だかわからず尋ねてみる。

「なんの話だ」

「あんた何も聞いてないの?悠花ちゃんはね大阪でビッグチャンスを

 貰ったのよ。今日行かないと次はもうないの」

「本当なのか悠花、さっき神社で祈願したと言ったな?何を願った、

 嘘をつくなよ本当の事を言ってくれ」桃次郎は真っすぐに瞳を見た

「・・・歌手として大舞台で歌いたい」

 

桃次郎は悠花の右手首を掴み引きずるようにトラックへ向かった。

「やめて、あんたの奥さんになるんだから」

「うるさい妻なら夫の言う事を聞け」

高知から大阪まで残り6時間を切った、フェリーへの時間に間に合

わなければ大阪の出演時間には到底間に合わない。時間に間に合

う確信などなかった、初めから諦める事など出来ないのが桃次郎と

いう男なのだ。悠花は到底時間に間に合わないと覚悟してはいたが

一生懸命にハンドルを握る桃次郎の横顔を見るとなんとかなりそう

な気になってきていた。銀色に光るライターを握りしめ願った。

 

港へトラックが到着するとフェリーはまだ乗船を受け入れていた。桃

次郎はトラックから降りてすぐ助手席へ回ると悠花のトランクケース

を外へ放り出し続けて悠花も引きずりだし降ろした。

「早く大阪へ行けよ」

「うん」

フェリーの乗船階段を駆け上り甲板デッキから桃次郎を見つめると

トラックの運転席に座り発進した、周囲に低い排気音を轟かせてトラ

ックの赤く灯るテールライトはあっと言う間に小さくなり見えなくなっ

た。悠花の手のひらには赤い星が描かれた銀色のジッポがある。

ポタリ、ポタリと涙滴(しずく)が落ちて赤い星だけ光っている。

 

ふたりが別れてから10年の歳月が流れた。運転手仲間や同僚で

あり親友でもある松下金造達に桃次郎はあんな女は忘れたと言っ

てはいるが桃次郎のトラック、一番星号から流れる曲は悠花のデビ

ューシングルだけだった。尾川悠花は国内で有名な演歌歌手にな

り米国人社長の勧めで渡米しポップスシンガーとなっている。最新

曲は”スターダストメモリー”星屑の記憶、悠花も桃次郎を忘れる事

が出来てはいなかった。

 

一番星桃次郎とジョナサンがいつものように馴染みのドライブイン

で腹ごしらえをしている。桃次郎は今回パイロットの制服を着ており

今度の女性はスチュワーデスであろう。

「桃次郎、なんだね君のその恰好は?マグロ漁船の船長かな」

「松下くん君こそ、運転手やめて白バイ警官に堕ちてしまったか」

「ものを知らないにも程があるよ、F1レーサーを知らないのかい」

「いやいや、松下君こそ飛行機に乗ったことがないから機長を見た

 事がないんだな」

二人が言いあいをしてる周囲からトラック野郎共からヤジが飛ぶ。

「ジョナサン3億円強盗でもするんか」

「わっははは」

「一番星、万年筆やボールペン作りが似合ってるって」

「ぎゃっはは」

「ジョナサン言われてるじゃねぇか、あっはは」

「言われてるのは君だよ、桃次郎君。下劣な下等生物にぼくの様な

 高貴な技術職業者が妬まれるのは当然だからね」

 

その時である、ドライブインの引き戸があいて長身の男が入って来

た。その男は以前高知県をベースに駆け回っていた運転手で余所

者運転手を目の敵にしていたのでこの場にいる運転手達にも見覚

えがあった。

「一番星いるか」

低く通る声だったから桃次郎もすぐに気が付いた。

「土佐犬じゃねぇか、今漁師してるんだろ?こんなとこまで魚の配達

 か」

「バカ言ってるんじゃねぇ、実はなお前指定の仕事がある。おれは

 頼まれただけなんだ」

「荷はなんだ」

「浜松から東京の後楽園まで積み荷は音楽機材、明日の午後4時

 まで」

「無理なら断ってくれても構わないぜ、先方には俺からいう」

「誰が無理だと言った?いいぜ任せろ」

 

翌日の朝、桃次郎は浜松にある音楽機材の生産工場へ到着した。

驚いた事に桃次郎は部課長から事務所で接待され違和感を覚えた

通常運転手は積み荷を自分で積むもので積んでくれるのを待つな

ど有り得ない事、さらに運賃は前金で100万も渡された。運賃の

相場としては積み荷に依るが平均大型車で30万程、運航距離が

遠ければ遠いほど運賃は加算される。浜松から東京お茶の水まで

は加算される距離ではないのだ。桃次郎が積み荷に対し疑惑を感

じるのは当然だ。

「積み荷の確認させて貰っても構わないかい」

「それは無論構いません」

「ただ一つだけ条件があります、荷主様は今回重要なイベントを開催

 されますので身だしなみの指定がございましてタキシードを着て頂

 きたいと御所望であります」

異性には鈍いと評判の桃次郎であるが他のことに対しては感が鋭い

タキシードと聞き想像できたのはクラシックコンサートだった。

 

「今頃桃次郎さんは向かっている頃よね」

「あいつは単細胞だからうまくのってくれて良かったぜ」

「でも東京で駄駄捏ねないかしら竜二さん」

「求愛したことは何度もあるがされた事はないらしいからな」

四国高知県の土佐では竜二が妻と一抹の不安を感じていた。

 

桃次郎は浜松から東名高速道路を今走っている。荷主からは高速

を使うのは構わないが時間だけは守ってくれと発送先から言われた

のである。また高すぎる運賃は音楽機材が壊れた場合の修理費を

含んでいると言われたので納得した。タキシードに関しては白指定

というのが附に堕ちない、黒なら持っていたのだ。クラシックの奏者

も黒を着ていたと桃次郎は考えていた。

「やっぱり力があると高速は楽だ」

元々280馬力のV8だった一番星号であるが50万キロを過ぎたとこ

ろで九十九はじめのアメリカントラックについていけずなんとかしたい

と考えていた。そこでフソーのV8 385馬力エンジンに乗せ換えた。

「こちらジョナサン、桃さん聞いてるか」

「マイコール、一番星。どうぞ」

「今どこだい?土佐犬から連絡があってトラック仲間が怒ってる」

「また何やらかしたんだ?どうぞ」

「知らねぇよ、おれは何もしてねぇぞ、どうぞ」

「とにかく東京で絡んでくるかもしれないから気をつけろ、どうぞ」

「わかった、ありがとうジョナサン」

 

やもめのジョナサン号は環状7号線を走っていた。無線で通話を

切断と同時に助手席に向かって親指を立てた。助手席には土佐

の竜二が座りジョナサンの通話を上出来だと相槌を打った。

「これでスライドしても一番星は疑わないだろ」

「桃さん騙す様な真似して気が引けたぞ、竜二」

「九十九とジョージの考えた策だから俺にいうなよ」

 

ジョナサンと土佐犬の竜二が会話する間も桃次郎は走り続ける。

後楽園のある水道橋まで用賀から首都高速羽田線を使えば時間

はそうかからないので11tトラック一番星は今、指定の場所へ後進

し停車しようとしていた。

「桃次郎さん、大変、大変なのよ」

「ん!あんた、なんでこんなところに」

名前を呼ばれ女性の顔をみると以前四国で会った顔だとは思った

が氏名までは思い出せない、だが歌手で悠花の友人と思い出せた

血相を変え尋常じゃない様子を見て運転席から飛び降りた。

「どうした、何があった」

「悠花ちゃんが・・・」

その女の胸ぐらを掴み桃次郎は問いただす。

「悠花がどうした、おいどうしたんだ」

「増水した川に子供が落ちて助けようとしたんだけど、」

 

今まで桃次郎が恋愛成就した相手は悠花の他にはもう一人、佐渡

で小学校の教師をしていた女性。しかし祖父の大事な金塊を守ろう

として豪雨の中飛び出し、桃次郎が到着した時には濁流で流された

後だった、桃次郎にとって忘れたい過去それが今再現されようとし

ている。なぜ志のぶが、そして悠花がここにいるのか疑問に思う事

より今は悠花の身の安否だけが桃次郎の最優先事項だった。

 

志のぶに導かれ駆けつけると水路に白いパンプスが流れてきた。

「あれは悠花ちゃんの・・・」

上着を脱ぎ増水し雨で茶色に濁り波打つ川へ飛び込もうとする桃次

郎に志のぶは肩を叩いて遠くを指さした。そこには子供を介抱する

雨で汚れたドレスを着る女性が屈んでいるのが見えた。

「悠花!」

駆け寄った桃次郎は悠花を力強く抱きしめると雨粒で濡れる頬に涙

が零れた。

「・・・桃次郎さん、痛いわ」

そして悠花も桃次郎を深く抱きしめた。

 

「なんでここにいる?」

「だってわたしが竜二さんに頼んだ荷主だから」

「今日はね凱旋帰国したわたしのコンサートだもの」

「ステージ衣装にしてはやけに白いな、汚れて勿体ないけれどまる

 でウェディングドレスみたいだな」

「そうよ、好きな相手にプロポーズするの」

「女からプロポーズしちゃ駄目だと思う?」

「いいんじゃねぇか、おれなら嬉しいけどな」

確かに今も桃次郎は悠花に対して好意を持ってはいるがビッグなス

ターとなった悠花には似合う相手がいると考えそれは自分じゃない

と思っていた。

「あんたの奥さんにしてくれる?これで2度めよね」

「・・・」

傍目でサングラスをかけた男が焦れて飛び出そうとしたが大柄の

男が手で制した。「待て、ジョージ」

 

「こんな野暮のトラック運転手の嫁になりたいなんて変な女だ」

「あら、たしか歌にあったよね。粋なトラック野郎って」

「アメリカで一緒に暮らそう、あんたはトラックに乗ればいいわ」

「それも悪くねぇか日本列島は走りつくしたしな」

 

「おめでとう一番星」

「てめぇはカムチャッカ、ジョーズもか」

「きょうはてめえの披露宴だ、玉やボルサリーノ2、お京もくる」

「日本全国のトラック野郎が今もここを目指して走っている」

「やれやれ、物好きな連中ばかりだぜ」

呆れ顔をみせる桃次郎だったがどこか嬉しそうにも見えた。

 

そしてジョナサンこと松下金造の司会で長かった独身生活に

終止符を打つ一番星桃次郎とユカ・オノガワの挙式は幕を

開けた。結婚式をあげるのではあるが日本を離れる一番星

を送る送別会でもある。さようなら一番星、永遠にあれ。

 

 

この物語はフィクションであり実在の

人物団体には一切関係ありません

 

トラック野郎を最近見て桃次郎はやはり演歌歌手のユカと結ば

れるのが一番であると考え今回のストーリーを考えました。

菅原文太氏、愛川欣也氏を偲んで