「おはよう、今日もいい天気だね」
「おはようフランツじぃさん、今日もデートかい」
「デートなんていう洒落たものではないよ」
ドイツ国境で国境を守るドイツ軍兵士がゲートを上げ老人を笑顔
で見送った。国境ゲートにはデンマークの兵士とドイツの兵士が
警備をしている。フランツは朝、車でデンマークへ行くのが日課
だった。
「お待たせしちゃったかしら、フランツ」
デンマーク側からやってきたのは品のある老婦人。
「いつも通りだよ、ルィーゼ」
「今日はどこへ連れて行って貰えるのかしら」
「デンマークのMasby Parkenに行こうか?近くにスペイン料理の
うまい店があるらしい」
「一度行ってみたいと思っていた処ですわ」
実はルィーゼ、その公園は家からさほど遠くないので何度も行っ
た事があったのだがここで反論する事はしない。今まで何度もフ
ランツにいろいろな場所を連れて行って貰ったが常に未経験の
場所だと言っていた、ルィーゼとはそういう女性なのだ。
Masby Parkenとは大きな池を中心にし湖畔には質素な建物がい
くつか建てられ自然を重要視して作られた公園であり周囲は高い
木々が鬱蒼と茂る深い森となっているが場所を移せば緑一色の
高原地帯もある、それはまるで童話に出てくる風景とも思える。
のんびり寛いで話すには最適な公園だった。
「ところでこれから行くレストランって何という名前なのかしら」
「Restaurant Carlosというところなんだ、知っているかね」
「いえいえ、はじめて聞く名前ですわね」
「ぼくも行った事がないから何がうまいのだろうか、わからない」
「あ、でしたらベジタブルをメインに・・・」
ルィーゼはここでしまったと思った、つい口が滑ってしまった。
「ほうほう、そうなのだ」
口を緩ませながらもフランツは疑惑の目でルィーゼを見つめると
彼女は左手で口を押えながらも顔は真っ赤になり恥ずかしそう
にした。
「知っているならそう言ってくれて構わないんだよ」
「折角フランツ、あなたがお誘いしてくれるお店ですもの。余計
な口出しは致しませんと誓っていたのに。ごめんなさい」
「謝る事はないさ、こちらこそ君の気遣いに感謝している」
どこに連れて行っても喜んでくれるルィーゼ、今日も喜んでいる
がそれは心底喜んでいるとフランツには思えなかった。
「ルィーゼ今度ドイツのケルン大聖堂に行ってみないか、夜に打
ち上げる花火を一度きみに見せたい」
「え、本当ですかフランツ。楽しみですわ」
言葉数は少ないものの彼女の瞳は爛々と輝き、まるで少女を想
わせるあどけない表情のルィーゼを見るとフランツも嬉しくなった
ルィーゼは神社仏閣などの宗教的な建築物を見るのが好きで日
本の京都で寺院巡りもしたことがあった。それほど好きなのだが
ルィーゼにとってケルン大聖堂は特別な場所で死ぬ前に行きた
いと常日頃から思っていたのには理由がある。友人から聞いた
”大聖堂の絵”友人からは凄い感動があったとしか聞いていない
がどんな絵なのか興味をそそられた。
「いつ行くの」
「そうだなライン川の花火大会、ケルナーリヒターがあるのは7月
だからその日に行こう」
今は3月、まだ4か月も先だと思ったら気持ちは沈んだ。しかし愛
するフランツと共にケルン大聖堂へ行くと考えたら高揚する心も
ルィーゼにはある。人は生きていくには希望が必要だが今のル
ィーゼに目標が出来た。
ルィーゼと別れ自宅に帰ってきたフランツはドイツの地ビールを
飲みながらテレビを見ていた。チャンネルはDW(ドイチェ・ビレ)
ドイツ連邦国際放送局のニュースを見ていたらイタリアで新種ウィ
ルスが蔓延し多数の死者が出ていると報じ国境も閉鎖するとアナ
ウンサーが叫んでいる。イタリアとドイツはフランスを跨いだ近隣
国、この時点ではフランツに危機感はなかった。しかしルィーゼは
というと同時刻ニュースを見て危機感を覚えていた、隣国のオラン
ダでは感染者が3桁にまで膨らみ重傷者も25人まで増えている。
”フランツのいるドイツへ”脳裏には一瞬だけ浮かんだが身障者で
ある妹カミラを残して自分だけが逃げるのは出来なかった。
「ルィーゼ、国境閉鎖なんてことにならないかしら」
「デンマークはドイツからDrが来てるから安心していいのよ」
ドイツ連邦は遥か昔から医術が他国より優れている、精密機器に
優れるドイツは医療機器も他国より秀でていた。デンマークにはそ
のドイツ製医療機器が一部の病院で正式採用されているのだ。
「どんなことがあってもあなたはわたしが守ってみせるから安心し
ておやすみなさい」
「寝る前に今日のデートの事聞きたいわ」
「またなの?特別変わったところへ言ってないのだけど」
「でも今日は何か良い事あったんでしょ、口元が緩んでいるもの」
何もないと言おうとしたものの相手が妹では見透かされていると
ルィーゼは考えた。
「実はねフランツが今度ケルン大聖堂へ連れて行ってくれるの」
「ケルン大聖堂ってあのお城みたいな教会の大きいでしょ、羨ま
しいな。大聖堂の絵、わたしも見たい」
「大聖堂では写真撮影は禁止じゃないみたいだからたくさん写真
撮ってきてあげる、ただしフラッシュは禁止だけど」
「姉さんは歴史的な建築物を見るのが好きだものね、フランツさ
んもそんな姉さんを理解してくれてる。幸せになってルィーゼ」
「おやすみカミラ」
運命は皮肉なもの、1日、二日と経過しただけでドイツの感染者
は2乗して膨れ上がってきた。そこでドイツ首相は国境を閉鎖す
る決断をせずにはおれなかった。諸国が重傷者、死亡者を多数
出す中ドイツだけは極端に少ない、これはドイツ連邦の首相が
早い決断をしたからに他ならない。フランツは寝る時刻が早い
もし人並みに寝ていたのなら首相の会見もテレビで見ただろう。
だがフランツはニュースで首相の会見を放映する前にベッドへ
入った。翌朝フランツは国境へ向かっていた。
「フランツすまないがしばらく国境は閉鎖する」
「なぜなんだアルノー、いつもは笑顔で通してくれるじゃないか」
「首相が決めた事なんだ、ニュースみてないのか」
「止めても無駄だ、ぼくはルィーゼに遭う」
アルノーという兵士とエルマーという若い兵士はフランツに向け
て黒く光る銃口を向けた。
「フランツお願いだからやめてくれ、君を撃ちたくない。ぼくは貴
方を自分の父のように思っている、エルマーだって同じさ」
「フランツさんドイツは危機に瀕しています、どうしても通す訳に
は行きません」
フランツはドイツ国境守備隊である兵士と向き合っていた、一触
即発の状態で双方引くことは出来ない。緊張した空気の中、フラ
ンツは名前を呼ばれた。
「フラン・・・ツ、やめて」
「ルィーゼ、なぜなんだ。」
「感染病が蔓延してるわ、国境は閉鎖されました」
今フランツは自分がもっと危機感を持っていればと後悔している
先日もし危機感を持っていれば国境が閉鎖される前に自宅へ呼
んでいたと。だが、過去を振り返って”もし”という回想しても現実
を変えることはできないのだ。
「ルィーゼどうした」
「ううん平気、ちょっと立ちくらみしただけ」
だがルィーゼの顔は紅潮し視点も定まらない風に見える。
「まさか・・・君は感染したのか」
「わからない、でもね寒気が止まらない、寒くて仕方ない」
デンマークの兵士は言葉を聞いて後ずさりしたが二人の兵士の
内女性兵士のほうはルィーゼに近寄り肩を貸した。
「オーガ危険だぞ」
「臆病な男ね、それでもデンマーク軍兵士?逃げてもいいのよ
ベアンハート」
オーガに助けられその優しさに心打たれたのかルィーゼは泣い
た。ルィーゼ自身、今の状態がどういうことになるのか理解して
いたのかもしれない。
「フリッツごめんなさい、もう会えない」
「一緒にがんばってみないか」
「無理なの、妹カミラも・・・熱が」
フリッツは妹カミラも感染したと悟ると言葉がでなかった。
「マダム、まだ決断するのは早い。今救急車を呼びますから病
院で検査してみませんか」
デンマーク兵士ベアンハートが提案するとフリッツも同意した。
「そうだルィーゼまだ諦めるのは早い、検査したら違うかもしれ
んじゃないか」
「検査して感染していたら?」
「一緒に死のう、いつまでも一緒だよ」
そしてルィーゼは救急車で運ばれた。
1週間後、国境でルィーゼは元気な姿をフリッツに見せた。感染
したと内心覚悟をしていたフリッツだったが明るく笑う彼女を見て
安堵した。
「よかった、また君に会えて」
「心配かけたけどインフルエンザだったわ」
「そうか。だったらカミラもインフルエンザだったんだな」
「あの子ったら元気になって、またフリッツとの会話を教えてと
うるさいの。」
アルノーの父は自爆テロの犠牲となり他界した、そんなアルノー
はフリッツに父の面影を重ね義父のように思っていた。その義父
がルィーゼという女性と愛を育む姿を見ていると心癒される。
ドイツ軍兵士のエルマーも同じ感情を持っていたしデンマーク軍
兵士のベアンハートや女性兵士のオーガにとってルィーゼは母
のように想っていたので二人が会っているのを見ると自分の事
のように嬉しく思えた。
数週間後、二人はテレビ取材を受けて一躍時の人となる。国境
を越えた愛と見出しをつけられ新聞に掲載される。
おわり
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません。
(ネット上で掲載された実話を基に脚色しました)