柳生とマヤは耕作の退院を見届けた後、柳生は加藤と共に山形へ
マヤは木島と共に富山へそれぞれ別行動となった。寺院があれば
見知らぬ土地でも転移できるマヤと違い柳生は過去に行った事が
なければ転移は出来ない。柳生が転移した先は群馬県の高崎市だ
った。柳生は高崎市に来たことはある、だがこの高崎駅に来たのは
はじめてでしかも聞きなれない列車名ばかりなのでどれに乗ればわ
からないさらに目標とする地名もわからない。
「加藤さんここからどれに乗ればいいんですか」
「いやぁわたしはあまり電車を使わなかったものでさっぱりですわ」
「う~ん、どうしたものか」
「考えてもわからないんで上越新幹線で新潟をめざしましょう」
「乗ってるだけで新潟までは行けますからね」
ここで新潟まで行く、それがそもそも間違いの元であった。二人の考え
に経路を確認するという思考はなかったのである。電車を乗る事にある
程度慣れた人ならば経路図を見て新潟までは行かずに長岡で信越本
線に乗り換えるのだが二人には考え及ばないことだった。新幹線の指
定席に座り物珍しそうに見回す二人にとって新幹線は未知の機械だ。
「ほう、これが新幹線なんですな」
「わたしも生涯はじめて乗りましたから今感動してます」
「新潟からどのように行けば山形に着くんですかね」
「信越本線に乗り換えが必要なのだと思いますよ」
「ほうほう、さすがですね」
「加藤さんは先程あまり電車は乗らないと言ってましたね、普段は車に
乗ることが多かったんですか」
「車なら山形までのルートはわかりますよ」
「たしか山形県の鶴岡市でしたね」
「ええ、鶴岡市の加茂という港町です」
”次は長岡、Next station Nagaoka”
高崎からけっこうな時間が経過した、だが二人に降りる気は毛頭なか
った、それもとうぜんでチケットには新潟と印刷されていたのだから。
新潟と過ぎて東新潟駅に新幹線は到着した、終点である。ローカル線
の白新線に乗り換えさらなる北を目指す。このまま順当にいけば鶴岡
まで行くことができる、だが電車は軌道を変え右方向へ旋回していく。
柳生は不吉な予感を感じた。
「このままいけば鶴岡に着くんでしょ」
「そうそう、海岸沿いを通って行きますよ」
不安な柳生は窓から景色を眺めて、半信半疑な気持ちを打破したかっ
た思いもあった。だがいくら待っていても海岸は現れない、見えるのは
緑豊かな山並みばかりなので焦りはどんどん高まっていく。
「加藤さん、海なんか見えてこないんだけど」
「変だなぁ、海岸が見える筈なんですけどね」
そして電車はさらに向きを変え進んでいく、柳生は電車がどんどん違う
方向、場所へ行くような気がしていた。乗っている電車は米坂線である
そう同じ線路に複数の電車、目指す目的地が別の電車が通るのはよく
あること。時刻案内の電光掲示板を見て小さい漢字が表示してあると
思うがそれが電車別の案内なのだが電車に慣れない二人にはそれを
解読する技を持っていなかった。そして米坂線は米沢へ着いた。
「まいったな、米沢かよ」
「福島までちょっとですな」
「また新幹線に乗るしかない、山形新幹線に」
「この線路図を見ると新庄から陸羽西線へ乗り換えてまた余目駅で乗り
換えて羽越本線で鶴岡へ行くんだね」
「乗り換えが難しそうですな、今度は慎重を期して挑みましょう」
はじめて新幹線に乗った時と違い今は乗り換え駅や線が理解でき先が
見えている状態だった、どこへ行く、どこに向かえばいいといった不安
からは解消され異なる欲が湧き出していた、食欲である。
「たしか新幹線て食堂車がありましたよね、いきませんか」
「車内販売はない筈だから食堂車でしか食べれないか」
席を立ち食堂車を目指していると隣の車輌で車内販売している女性と
遭遇した、柳生は新幹線内で車内販売してることを知らなかった。
女性は押すカートに多種類の飲料、食品を山積みにして笑顔で接す
る。だが二人に関心はなかった、食堂車で温かい料理を食べる事そ
れが二人の思い描くシナリオ。
「すいみません、スチュワーデスさん。食堂車はまだ先ですか」
「わたくしはアテンダント、アテンダントとおよびくださいませ」
「それと申訳ございませんがお客様の言う食堂とはビュッフェの事で
間違いございませんね、現在全線で廃止となり営業はしておりませ
ん。ご了承くださいませ」
若い女性は笑顔を崩すことなく二人に応対したがその言葉にはトゲが
あった。食堂車が存在しないと知りここで弁当を買おうとした二人であ
るが・・・
「申し訳ございません、危険ですので座席に戻りわたくし、アテンダント
が伺うまでお待ち頂きたく存じます。またここでは他のお客様のご迷
惑にも成りかねます、アテンダントとお呼び頂ければ駆けつけますの
で。アテンダントと」
「・・・」
加藤はそのアテンダントなる若い女性のいいようが気に食わなかった
のだろう、その場で仁王立ちとなってしまった。だが柳生が一声かける
と素直に応じ若い女性に背を向け柳生と共に席へ戻っていった。
「小娘相手に何むきになってるの」と。
その頃マヤはすでに富山県に来ていた。ただしそこは岩と雲海ばかり
見える山の頂上で小さな祠には石が多数積まれている。二人が立つ
場所は足下が急激に抉られた崖のようになっており何百メートル下ま
でも見渡せ、足を揺らすように下方向から強風が吹きつけていた。
「ひぃ~、一体ここはどこですか」
「室堂の先にある立山の剣が峰です、ほら背後にみえるのが雄山神社
わたしはここへ一度来てみたいと思っていました」
「マヤ様申訳ございませんがこのような場所にわしの家はないのです
が・・・」
確かに斜め下20メートルくらいには鳥居が見える。
木島は富山県に住んでいたが登山の経験は小学校の遠足で乗鞍岳へ
登ったことしかなくまして立山の様な本格的な登山はなかったので
今いる高く危険な頂上には恐怖心しか湧き出てこない。
ここは頂上でありTシャツを重ね着したトレッキングスタイルの登山者ばかりでありマヤのような平安京から時を越えてきた服装、そしてポロシ
ャツにスラックスのビジネススタイルの木島は異彩を放っていた。周囲
の異質な者を見る視線が木島を四方八方から突き刺した、がマヤはま
ったく気にすることはない。
「なに、あの人達」
「いつ来たの」
「あの服装でここまで来たのか?」
登山用のザックを置きガスコンロでレギュラーコーヒーを飲む男女数人
のパーティーからは驚く様な囁きが聞こえてくる。
「マヤ様まずいですよ」
「そのようですね、残念だけどここを去るとしましょう」
マヤ達の目立つ格好は多くの人達を釘づけにしていた、その眼前で二
人が消えたものだから頂上は騒然となってしまった。後日TVニュース
で”立山白昼に幽霊出現”と大見出しがつくほどに。
二人が次に着いた先は霊山として有名な白山である。通常白山に登
るには白山室堂から歩くのだが二人は今白山の名所、黒ボコ岩上に
いた。黒ボコ岩とは黒い大きな岩が不均等に積み重なった岩群である
木島は転移してすぐ足元の岩が崩れ身体のバランスを崩し落下、い
や落ちそうになったがマヤから手を差し出されその手を掴んだおかげ
でなんとか岩に這い上がることが出来た。
「いや危なかったですわね」
「マ、マヤ様・・・ハァ、ハァ、、ハァ」
息も絶え絶えの木島は今起こった恐怖で顔は青褪め身体全身は小刻
みに震え開いた毛穴からは発汗していた。だが足場の悪い場所に転
移したというのにマヤには余裕がある、マヤには神仏にだけ使える特
技を持っていたのだ。技の名前は”大気摩擦増減術”簡単に言えば
高い場所から落下しても加速はしない、加速は起こらず減速させゆっ
くりと着地させる。故に落下、滑落に恐れを感じないのだ。
「まずいわね、こちらを指さしてるわ」
「マヤ様、救助隊を呼ばれるかもしれませんな」
すぐにマヤの脳裏には観世音菩薩が浮かんだ、観世音はマヤの守護
をするが教育、指導も行ういわばマヤのお目付け役のような存在。
いまここで問題を起こせばまたも観世音から小言を言われてしまう。
「行きますよ木島さん」
「次こそ富山市の婦中町にお願いしますよ」
そして二人は白山から消えた。
二人が次に現れたのは石で造られた祠(ほこら)の前だった。
木島があたりを見回すと遠くに穂高岳などの北アルプスが見えた。
どこかの山の頂上には違いないが今いる場所の見当はつかないが
今いる場所は見覚えがあった、たぶん新聞か雑誌で見た風景だろう。
祠(ほこら)の前に置かれた木片に木島は惹かれた。
「あのマヤ様、もしやここは剱岳なのでは」
「その通りです、今いる此処こそ剱岳の剣が峰なのですよ」
「別に来たいと思ってませんでしたが」
「何を言うのです、行きたいと思ってこれる場所ではないのですよ」
「人はどれだけ経験したかでその人の価値は決まります、登山も然り
あなたは極楽浄土へ赴いた時にこの経験を有り難く思う事でしょう」
「マヤ様に質問してもよろしいでしょうか」
「構いません、なんでしょう」
「これは登山なのでしょうか」
「とざんとは山に登ると書きますね、今私たちは山の頂上に来ています」
「50センチでも高い場所へ行けばそれはTOZANなのです」
「そういうもんなのですかな」
そもそも登山とは自分の身体能力を尽くし徐々に変わっていく風景を
感じ頂上を目的地として計画を練り歩くことによって頂上に着いた時
には達成感を感じるアウトドアスポーツなのだ。ハイキングとは違う。
マヤは生前登山をしたことがなく国営放送で百名山を見てこの劔へ
一度でいいから来てみたかっただけなのだ。不服そうな顔でいる木島
に適当な言葉を並べて言い含めただけのこと。
今でこそ整備され太い鎖がある劔は年間多くの登山者が訪れるが映
画”点の記”でもおわかりのように過去多くの登山者を拒絶してきた修
験者の山である。現在は”タテバイ””ヨコバイ”などの鎖場、ハシゴが
あるものの滑落事故は少なくない。登山ビギナーが単独で挑むには
危険過ぎる山ともいえる。
「木島さんコーヒーは大丈夫ですか」
「ええ好きですがそれが何か」
3000メーター級の山頂には水さえ飲める場所はなく登山者は持参
するのが常識、転移で来たマヤが持ってきた筈もなく今コーヒーの事
を聞いたマヤを不思議に思っていた。
「ちょっと下まで買ってきますから少々待っていてくださいね」
「お気遣い有り難いですが御心配には及びません」
「そうではないのです、わたくしは飲みたくなりましたので1個も2個も
同じなのです」
「そうでしたか、おきをつけください」
マヤは5~7分後二つのマグカップを持って現れた。木島はマヤが下
と言っていたから30分くらい下りれば山小屋でもあるのかなと考えた。
転移とは瞬時に行える動作であるが今回マヤは5分の時間を費やし
た、それがどういうことなのかと疑問に思う木島ではない。
マヤは豆を挽いてすぐ淹れたコーヒーの香りを楽しみながら木島へ
覚えていることだけ聞いた。木島はいつ家に戻れなくなったか記憶に
無かったので家を出てから現在までどのくらいの歳月が経過している
か不明だった、何年経過してるかで家族の安否は予想できるとマヤは
考えていた。
「木島さんが覚えている災害ってありますか」
「発生した災害によって年数は判明するのです」
「たしか福井県で大きな地震が起こりました、毎年台風が上陸し多数
の犠牲者が出たようです。あと浅間山が噴火それくらいですかね」
マヤはそれがいつの出来事なのかすぐ理解した。
1947年8月の浅間山噴火、9月のカスリーン台風(最高雨量600ミリ
1948年6月の福井地震M7.1と9月のアイオン台風の上陸
1946年には南海地震もあり津波が起こった影響で死者1330人
それは今から71年も前のこと、年を取る事のない異世界で70代とい
うことはもし順当に年を重ねていれば現在140代ということになる。
木島が仮に20歳も下の女性と結婚生活を送っていたとしても既に妻
は他界している。
「木島さん家には行かないほうが良いと思います」
「なぜです?どういう根拠でそう言われるのです」
「あなたが家に帰れなくなってからすでに70年経過しているのです」
「嘘だ、信じられない」
「あんた達のせいだ」
マヤは奥方が他界しているとは言わなかった、木島に判断を委ねた
からである。マヤの予想通り木島は両手で眼のあたりを覆った。
木島の両指の隙間からは涙が溢れ指先までが涙で輝いた。そして
マヤは優しく木島の両肩を叩きながら囁くように言った。
「家に帰るのはやめますか」
「いや帰りたい、息子が8歳だった息子がいるんです」
「たとえどのような現実が待っていようと受け入れる覚悟は有ります」
コーヒーを一口飲むと冷静を取り戻した木島はマヤに呟いた。
「きついかもしれませんがもし会えたとしても会話はできず遠くから
息子さんを眺める事しかできないのですよ。それでも行きますか」
「可能ならば帰りたいと思います、畑も今はどうなっているのか」
「わかりました、その願い聞き届けることにしましょう」
「今はそのコーヒーをゆっくりと堪能してください」
「感謝しますマヤ様」
熱いコーヒー、マグカップを両手で持ち懐かしそうに啜る木島の瞳は
赤く潤っていた。
コーヒーを飲み終わった二人であったがマヤのカップを返さなければ
との言葉で木島も山小屋へ向かう事を承諾した。木島は甘かった。
「ここを降りるのですか!?」
「木島さんならなんの問題もありません、下さえ見なければ」
降りるという登山道、いや登山道というよりもただの岩場であった。
ところどころに目印としてペイントされた岩はある、木島が下を見ると
遥か数百メートル下までよく見える、あまりに遠く先は霞んでさえいる。
そんな場所に太い鎖が2本垂れさがっていた、登ってくる人を見ると
ヘルメットを被りロープ(ザイル)を使用しカラビナを通してハーネスま
でも装着していた。
「こんな底が平らのビジネスシューズで降りろと」
「鎖を両手で持ってですね、右手は常に力を入れ左手は小指と薬指に
力を入れる感じですか、靴底は岩壁に対し常に水平として岩を跳ね
るように両足で”ピョンピョン”と降下するのです」
「言い忘れましたが足の裏の角度がちょっとでも違うと滑って落ちちゃ
いますから、要は滑る前に跳ねる!」
「マヤ様他の人はみな道具を持参してるようですが本当にできますか」
「おほほ、彼らはビギナー登山者なので道具に頼らなければならない
のです」
「わたしもはじめてなのですが・・・」
「では木島さん頑張ってみましょう」
神仏であるマヤのいう事なので木島は信用した、自分もマヤからの期
待を裏切りたくないと思っていた。だが太い鎖を持ち片足を岩にかけた
瞬間、ズルっと滑り白山で死にそうになった事を走馬燈のように思い出
した。ふと下を見ると岸壁が直滑降するようにも思え両足から大きな震
えも発生した。”無理だ、ぜったい無理だ”心の中でそう叫んだ。
木島に対しマヤは満面の笑みであった、恐怖心よりもワクワクと湧き上がる心さえある。大体コーヒーを買いに行った時は転移したのだ。では
今なぜ転移しないのか?それはマヤがロッククライミングに興味があっただけなのだ。木島を同行に求めた理由それは?
マヤは一人では恐かった、それだけに尽きる。
「申訳ござりません、マヤ様わたしには無理です」
70代前半の老人が泣きながら怯えている。見るに堪えない姿に思え
た。結果マヤは鎖場の降下は断念せざる得ない。
「仕方ないですわ、カップはわたくし一人で返却してきましょう」
「そうして頂ければ、」
マヤは転移する中、夫ひろしが同行者だったらと考えていた。登山の
経験ある彼ならば率先して鎖場を降りていくだろう、今度一緒に来よ
うと決めた。菩薩であるマヤが決めたと言った、これは決定事項となる
不動明王でさえ抗うことは許されない決定事項。その後カップを返し
山頂にもどる転移中に今度は木島の先程の姿を考えていた。マヤは
自分の行いに反省すべき点があったと思った。元夫の柳生に今日の
事を伝えたら答えはひとつ、「ふざけるな」と怒る姿が安易に想像でき
る。
「今日のことは黙っていよう、そうしよう」
ひとりで納得したマヤは山頂へ戻るとすぐに木島と共に富山県富山市
婦中町にある常楽寺へと転移した。
つづく
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません