親から木の根を掘ってほしいと頼まれた。
庭にある枝と幹を切った杉である
わたしは梅などの木の根を掘った経験があったので
同じようなものだと思って安請け合いしたのが大きな
あやまちであった。地面を少し掘れば根の主幹が見え
るだろうとタカをくくってスコップで掘るが一向に根が
出てくることはない、深く掘るには杉の周辺をもっと
大きく掘る必要があり穴の周囲をさらに掘りくずす。
一日目で杉の周辺を大きく掘り太い根が露わになった
状態で残ってる杉の幹を触ってもビクともしない。
”なぜだ”
スコップで幹をぶっ叩いてみても幹は動かずスコップを
握った手に叩いた衝撃が戻ってきた。
手がジーーンとしてしまった
そして夜には雨、次の日は雨で穴掘りはできない
杉の根は大きく掘った穴の中心にありまるで遺跡。
穴の横には掘った土が積み重なり山となる
雨は容赦なく降り続けた、穴を埋めても知ることではない
雨が降った翌日、天気は快晴となる
さすがに午前中は土は軟らかくてとてもじゃないが掘れ
はしない、午後から再び掘る作業を開始した
土の表面は雨のせいで柔らかいのであるが少し掘ると
雨など寄せ付けない頑固な土質、スコップでも掘れない
根の間を移植ごてで使ってみるもやはり硬い。
そこで登場するのが金属製の棒である、スコップが通ら
ない場合も細い金属の棒ならば入ることはあるのだ
これは物理学になるが同じトルクをかけた場合
面積が小さいほうがトルクを集中してかけられる
雪道を車で走る場合と同じなのだ、滑りやすい路面では
細いタイヤのほうがトラクションをかけやすい
なぜか?太いタイヤだと力を分散してしまい空回りする
細いタイヤだろ極端な話、タイヤのブロックにトルクが
集められるということだ。
さて金属の棒で土を挿すと少しずつ木の根に張り付いた
土の壁が壊れていく、まとまった土はスコップで掻き出す
のだが掘り出した土の中に虫の抜け殻みたいなものを
わたしは見つけ出した。よくみるとそれはセミの幼虫で
ゆっくりと前足について鎌を動かしていた
卵から1年掛け成虫になってからは僅か数週間しか生き
られない、命のともし火が消えそうになっても一日を精一杯
鳴き続ける哀れなセミ。
セミの幼虫はこれから越冬の準備をし地上に出る初夏を
待つ、わたしはそんな彼らを叩き起こしてしまったのだ。
生態を知らない生物を元の通りの生活環境へ戻す事は
不可能である、わたしには祈ることしかできないのだ
「生きてくれ」と。
木の根を掘ると見るのはセミだけではない、ミミズやアリ
なども見かける、掘ることで彼らの生活を破壊してしまった
横に張り出した木の根を切り太い鉄パイプをテコの要領で
コジルと根は浮きあがり掘り出す事ができた。
今回わたしは考えさせられた、人間の都合で生物の生活
を破壊していいのだろうかと。人間が自分の都合だけ考え
生物を植えて人の都合で枯らせたり植え替えたりする
しかし他の動物や虫、植物などからみれば折角見つけた
棲家、自分の生きやすいように家を作って住んだ、それを
何者かによって破壊されてしまったのだ。
人は他生物の生活、命を都合だけで奪う権利などない
植物を植えるのはいい、しかし安易な気持ちだけで
植え邪魔になったら排除するなど当に自己中心的
地球に住んでるのは人間だけだと思うのは大変な
間違いである。

