私と妻は両方とも心の内側に目を向ける方です。
しかし、どちらもアプローチの仕方が違います。
妻は哲学者タイプであるのに対して、私は宗教者タイプ…
苫米地さん的に言うと、妻が人生の上で現状を超えた究極のゴール設定を
「犯罪のない世の中にしたい」
ということに設定している一方で、私は
「人類がすべては一つという調和のとれた宇宙意識に目覚める世の中にしたい」
と考えています。妻の場合は「地の理」、私の場合は「天の理」を理想にしていると言ってもいいでしょう。
本来は「天と地」を融合することでバランスの取れた生き方ができると思います。
ところで、人が何かに悩んだり、行き詰っている場合、ほとんどのケースが自分の内側ばかりフォーカスをあててしまうことが多いと思います。
具体的に言うなら、
「自分のことだけを考えている」
という意識です。
自分を見つめることは大事なことですが、見つめっぱなしではバランスが悪くなるので、偏屈な人間になってしまいますし、そうすれば人間は行き詰まるようにできているようです。
自分の内面をとことん見つめた後は、社会や知り合いの動向に関心を持つという外側にフォーカスをあてることが大切になってくると思います。
外側に向けるということは、関心を持ったら自分が他者に対して何か与える行動をするということです。
私の場合は、何かイベントを企画すること、妻の場合は何か悩みのある人の話を聴いて励ますということになりますでしょうか。
「自分ができることで、人が喜ぶことはなんだろうか?」
と考えて、何等かの行動をする…
そうすれば、行き詰まっていたことに対して突破口が見えてくるものだと思います。
人間の生活は他者と関わりあいの中で成り立っています。「他者不在」ということはあり得ないのです。
「押しても駄目なら、引いてみな」
と昔から言うように、自分の内側ばかり見つめて駄目な場合、答えは自分の外側にあります。
自分のことばかり考えている意識状態というのは、「子供の意識」でもあります。
子供というのは、自分のことばかり考えて、生活しています。特に幼ければ幼いほど、「おねだり」して「自分にしてほしいこと」ばかり考えています。
成長過程にある子供は、まだ「自我の目覚め」の段階なのでこれでいいのです。成長していく内に、他者との関わり合いがわかるようになるので、自然と他人を助けたり、思いやりをもつように育ってくるのが普通です。
しかし、こういった発達の段階が未熟のままだと大人になった場合、人生が生きづらくなります。
こういう人は、常に、
「誰かが、自分に何かしてくれないかな?」、「誰それがそう言ったから、自分はこうした…」等と「依存的」な体質が抜け切れなくなります。
例えば、棚からぼた餅ばかりを期待したり、面倒なことを他人がやってくれるのを待っていたり、恋愛・結婚においては、星の王子様やシンデレラ姫がやって来るのを待っていたり、カルト宗教やスピリチュアルにはまったり、何かもめごとがあるとすべて人のせいにしたりするのが依存的な生き方です。
自分の責任で自分で決断するということができなくなってしまうのです。これが「いつまでたっても子供のままだ」ということになります。
「貰うこと」ばかり、考えている意識状態が、「子供」の意識…
「与えること」を考える意識状態が、「大人」の意識…
もしあなたが今、人生に行き詰っていて、苦しんでいたとしたら、
「もしかしたら、自分は子供の意識状態なのではないだろうか? もらうことばかり考えているのでないだろうか?」
と自覚して、「意識的に」他人に親切にしたり、他人の話を聞いてあげたり、小さいことでいいので思いやりの行動をしてみるといいと思います。きっと何かが変わるでしょう。
自分を癒す一番の方法は、他者を癒すことなのです。
ズームイン(内側にフォーカス)しすぎそうになったら、ズームアウト(外側にフォーカス)するということを意識的に行って、人生を少しでもハッピーなものにしていきたいですね!
参考 人生に行き詰った時