「「自分」にとって「他人」とは、自分を映す鏡のような存在…」
「「自分は、「他人」を見ながら、いつもそこに自分の姿を見ている…」
「なぜなら、「自分」が理解できることは、「他人」のことではなく、常に「自分」のことだけだから…」
「「他人」という鏡に映された「自分」の姿をみることによって、いま現在の自分のあり方をよく理解することができる…」
「ある人物をみて、「あの人はイヤな人だ」と話すとき、「自分」がいま何についてこだわっているかということを語っているにすぎない…」
このことを私自身の経験から置き換えてみます。
かつて、折り合いの良くない会社の上司がいました。その人は、体育会系のノリで、何かにつけて部下を怒鳴ったり、恫喝したり、パワハラ的な言動が目立っていたので非常に不愉快で、私にとっては非常に苦手で積極的に話したい人ではありませんでした。
この時、「あの人はすぐ何かと恫喝するから嫌だ」と考えたなら、
「実は、自分が恫喝することもあるのではないか?」
いや、それはあり得ないと思ったなら、
「自分が恫喝する人間にはなりたくないということにこだわっているのではないか?」
と考えてみます。
その上司は、部下に気合を入れて組織のために頑張ってもらおうと悪気なく言動しているのであり、(客観的に暴力的な行為はない)その中でどうでなのかと定義づけているのは、自分自身に過ぎないわけです。
相手に対する抵抗感やネガティブな感情は、不思議と鏡のように反射して自分に返ってきます。
もし、自分の苦手な人を、遠ざけたいと思うならば、その相手のことをどうにかしようとするのをやめて、相手をみている自分の「思考」に変化を起こさなければなりません。
苦手な人から自分を遠ざけることが、なかなか難しいと感じる理由は、「苦手だ」と感じているこだわりが、「相手」の中にあるからではなく、自分の中にあるからなのです。
【苦手な人へのネガティブな感情を消し、自然と無関係になる方法】
(1)恫喝気味の苦手な上司との関係がぎくしゃくしてしまったのは、そのときの自分の状態が良くないということを理解するためだったのだということを悟り、自分は、体育会的なノリで恫喝するような人間にはなりたくないというこだわりがあったのだと理解する。
(2)自分はもっと明るくていい気分になれる考え方を選択し、もっと明るくていい気分になれる人間関係を築きたいということがわかったので、そのようなこだわりを捨てようと決意し始める。
(3)その苦手な上司に対して、そのこだわりを投影することで自分に大切なことを気づかせてくれたということに感謝する。
そして自分にはもうその人は必要ないと選択し直し、苦手な人に対して無関心になる。
上記のことを理解でき、自分のこだわりを捨てることができれば、それまでネガティブに気になっていた相手の態度や言葉についてもあまり気にならなくなります。
その相手と自分とは違った周波数にチャンネルを合わせはじめることになりますので、自然と距離ができ始めます。
この法則を知らなかったのですが、「こだわり」がなくなった途端にその方とのご縁は、実際になくなっていきました。
ネガティブな周波数を発している人から遠ざかりたいと思うならば、自分が常に自分をポジティブな周波数を発するような人間になりたいものですね。