デジタルの功罪 | Like a blue rose -有言不実行-

Like a blue rose -有言不実行-

日常のたわごとを書いたり、書かなかったり。

 ここしばらく、寝る間を惜しんで作業に没頭してましたが、前回同じようなことをして本当無駄だと悟ったはずなことを今回もしていました。

 デジタル機器がメインとなり変りつつある今、アナログでどこまでやるかということも難しいところ。

 絵を描く作業は最近はもっぱら画面に直接スタイラスを走らせる液晶デジタイザー型のノートを使っています。

 デジ絵デバイスにおける業界的なシェアはワコムさんがほぼ独占、ペンタブレットから今は液晶タブレットが主流になりつつあります。
 そこでお絵かきソフトと合わせて使うのですが、ソフトによっても作品のクオリティに差は出てしまう。
 上手い絵は上手い絵としても、あくまで最終的に製品レベル、商用レベルに加工するときの話です。

 フォトショに関してもフィルターは手動でやる範囲ではほぼ無限とも形容したくなる程度には組み合わせが可能なのだ。
 デジ絵特有のドットが目立つシャープな輪郭をなめらかにしたいわけなんだが。。。
 これが、いい感じになるまで、納得がいくまで何百回も試してしまう。

 もはや元絵そのものを無加工でも完成レベルと言えるように描き直した方が熟練度もアップするというもの。
 でもやっちゃうんですよ、いい感じになるまで。
 全く不毛です。

 これは最近やり始めたDTMでも同じようなことが言えます。

 DAW(音楽編集ソフト)ではやはりかかなりのエフェクトがあり、これでなんとかならないかなって思うとひどい元歌もある程度聞けちゃうようになりますが、市販レベルまで到達できない。
 元素材を録り直すことに時間を当てた方がいいだろう。

 写真もそうでしょう。

 そうするとそれぞれ逆にいじりようがあまりないというか一手が面倒臭く失敗が効かないものの方がいい。
 アナログ絵、フィルムなど。
 音楽はさすがにアナログはあれなんでMTRというところか。

 また、完成としたものに対して余韻に浸るのはダメ。
 そんな暇あるなら次の新しい作品作りに取り掛かろう。

 てなわけで素人にはデジタルは逆に迷いどころが増える、時間がかかる、本質の実力アップの妨げになってる場合も多々あると思います。

 機器の仕様性能=作品評価になる可能性が色濃く出るのもデジタルならでは。
特にデジタルカメラは本体性能に引っ張られすぎてて作品だなんて言いようもない。

同じ道具を使っても
自分にしか出来ない表現方法をしてこそが創作活動