DE耐の始まる前の3月終わりごろ既に心に決めていたことがあった。
「Yショップにエンジンを作ってもらいたい。」
いま考えれば自然ななりゆきだったが、ともかくYさんにエンジンの作成を依頼した。
わたしの借りていたエンジンは、Yショップのエンジンだった。
即ちキットパーツを組み込んだだけのエンジンではなかった。
当時武川はスーパーヘッド2の124ccキットが全盛で、
トップクラスのマシンには必ずといっていいほど使われていた。
わたしはDE耐本番で、偶然チームイワキ代表の岩城さんの後ろを走っていた。
岩城さんのマシンは当然スーパーヘッド2の124ccだった。とても早かった。
ただ数周回へばりつくように後ろにくっついて走った。
そう、付いていくことができたのだった。
「これはいける!」タイムは3分少々だったが、力がでていることを実感した一幕だった。
「Yショップにエンジンを作ってもらいたい。」
いま考えれば自然ななりゆきだったが、ともかくYさんにエンジンの作成を依頼した。
わたしの借りていたエンジンは、Yショップのエンジンだった。
即ちキットパーツを組み込んだだけのエンジンではなかった。
当時武川はスーパーヘッド2の124ccキットが全盛で、
トップクラスのマシンには必ずといっていいほど使われていた。
わたしはDE耐本番で、偶然チームイワキ代表の岩城さんの後ろを走っていた。
岩城さんのマシンは当然スーパーヘッド2の124ccだった。とても早かった。
ただ数周回へばりつくように後ろにくっついて走った。
そう、付いていくことができたのだった。
「これはいける!」タイムは3分少々だったが、力がでていることを実感した一幕だった。