あの「十二国記」のエピソード0となる物語。
教育実習生として母校である名門私立男子高校に戻ってきた広瀬は、在校当時の担任だった後藤の指導のもと、2年6組を担当する。
そこには過去に「神隠し」に遭ったという高里という生徒がいて、その異質な存在に広瀬は強い興味を持つようになる。
高里には不穏な噂があり、高里に危害を加えると祟られるという。
実際に、高里と関わり、危害を加えたり敵対するような態度を取った周囲の人間たちが大怪我をしたり、不可解な死を遂げる。
その凄惨さは次第にエスカレートしていき、大惨事と言える事件に発展してしまう。
広瀬は自らが臨死体験したときに見た情景が忘れられず、自分はその世界の住人であると信じているが、それが間違いであると後藤に指摘されてしまう。
自分がいる環境に居づらさや違和感を感じ、自分がいるべき世界は他にあると思ってしまう。
本来の自分は別の世界の住人であり、そのせいで、この世界でうまく生きられないのだと思ってしまう。
それは誰もが持ちうる考え方であるが、そこにいつまでも囚われてはいけない。
それは甘えであると。
しかし広瀬はそれを受け入れることができず、むしろ、それまでよりも異世界への思いを強くしてしまう。
そんな中、高里が異世界にいた当時の記憶を取り戻す。
自分が何者なのか、何をなすべきなのかを明確に思い出し、元の世界に戻る決意をする。
甘えとして異世界の存在にすがる広瀬と、本当に帰るべき異世界を持つ高里。
広瀬はそんな高里に対して、嫉妬から醜いエゴをぶつけてしまう。
大嵐に乗って、高里は異世界へと帰っていく。
大嵐の犠牲者に紛れ、行方不明者として異世界へと姿を消す。
大雑把に言うと、こんな感じでしょうか。
高里がもともと異世界の人間であり、どんな立場で、どんな役割があり、どんな暮らしをしていたのかは、詳しくは書かれていません。
異世界に帰ったあと、どうなったのかもわかりません。
広瀬と出会い、異世界の住人であることを思い出し、帰るまでが描かれています。
広瀬や後藤、クラスメート、教員、雑誌記者や近所の住人を通して、人間が持つ弱さや嫉妬、エゴ、恐怖と反発、畏れ、汚さが描かれていると感じました。
しかし、それは単純に悪として描かれているわけではありません。
誰もが当たり前に持っている、人としての感情。
自分が何者かわからない高里は、成長する子供が必ず通る道を示しているようにも見えます。
そんな高里の両親は、高里を理解できず、恐れ、愛情を持てなくなりましたが、これも育児放棄など、現実にあることですね。
それに対して、理性を持たず暴力的な方法で高里を守護する異形の怪物たちは、モンスターペアレントのようにも見えます。
広瀬は、自分が何者なのか判らないまま、社会に出る直前で未だ葛藤を続けます。
そして後藤はと言えば、良い意味でも悪い意味でも「諦め」を持って、「大人」として振る舞います。
自分が何者なのかも分からず、両親からも見捨てられ、クラスメートからも忌み嫌われてきた高里は、きっと言葉では表現できないほど苦しみ、寂しく、不安だったことでしょう。
広瀬は、高里から異世界の匂いを嗅ぎつけ、自分と同類だとすることで、自身の異世界への依存を肯定する材料にしてしまいました。
しかし、自分が持っていた異世界は幻であり、高里が持つ異世界だけが現実であると突きつけられ、嫉妬に苦しみながらも目を覚ますことになります。
そこには、人の成長が描かれていると感じました。




