桂歌丸さんの疎開の話。 | ~全ては、あしたの笑顔のために(^-^)~        MAC-21と「ぼちぼちいこか?!」

こんにちは。

 

 

もうすぐ春なのに、まだまだ冬が旅立たないと感じるこの頃、

皆さま、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

 

 

さて、本日は今月はじめの横浜での話。

 

 

桂歌丸さん目当てにいった『横浜にぎわい座』で知った事実です。

 

 

この日は、関東圏を本拠地として活躍される演芸人さんたちの

“写真くらぶ”的な集い(正式な名称は忘れてしまいました^^;)と

演芸を楽しむ会という趣旨の内容でして、プログラムの中盤に、

写真くらぶのコンテストと座談会という内容でした。

 

 

で、その中で千葉を走る蒸気機関車の話題が出た時に、

歌丸さんが発したことばに、僕は耳を疑いました。

 

 

 

 

歌丸さんは戦時下に生まれ、空襲を避けるために千葉県に疎開されていました。

 

そして終戦後、横浜まで戻ることになるのですが、

その帰る際に利用した蒸気機関車の列車の客車に乗ることができず、

先頭のヘッドマークを掲げる位置に乗って帰ったということなんです。

 

 

 

戦争前後の時期に、人があふれる列車の映像は幾度と観てきましたが、

戦争が終わったあとでも、開発途上国のように先頭の部分まで人が乗り込む

・・・いや、しがみつかざるを得ない状況下にあったことに、心が痛みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、戦争は無駄なことなんです。

 

 

ぱっと見での被害だけではなく、見えない部分でも

心身に傷を負う方がたくさんいるんです。

 

 

 

かといって、“戦争反対!”ばかり訴え、丸腰でいると

その弱みに付け込んで強気で攻め入る卑怯な国も出てくる可能性があります。

 

 

 

地方自治体に関わる政治家さんはともかく、

国政に携わる政治家さんの中でも、些細なことばかり目をつけて、

揚げ足をとる人が、今の永田町には多い気がしてなりません。

 

 

 

また、我々一般市民の中にも、あまりこんな表現はしたくないし不適切なのは分かりますが、

いわゆる“極端な右より”“極端な左より”ばかり支持する方がいるのも事実です。

 

 

 

「保守だからだめ」も、「革新だからだめ」も、偏見そのものです。

 

 

右的思想も左的思想も、明るい未来を支える礎となるはずです。

 

 

 

 

良いものは変えることなく守る。

 

良くないものは自然と変化していく。

 

かつて良いものであったとしても、

時代の変化とともに良くないものへと

変貌をとげていってしまった時は、

そん時はそれは、時の流れに身を任せ、

その都度その都度考え、真摯に対応していく。

 

そして、一人ひとりの尊厳を守る。

 

 

 

歌丸さんの戦争体験を生で感じ、その後、歌丸さんの噺を楽しめることが

どれだけ幸せなことなのか・・・と、しみじみ思う一夜でした。

 

 

 

 

 

ほな、また今度!!