こんにちは。
今回は、いま、思うことを。
ここ数年、体罰というものが
教育する側から行ってはいけないとされ、
昔と比べて目立たなくなっています
(完全に無くなったとは思いませんが)。
ただ、無実の生徒(“疑わしきは罰せず”的要素の人も含む)に
厳しい体罰を与えるのはどうかとは思いますが、
幼い、成長過程にある子供たちにとっては、
被害を受けた子供と同じくらいの“痛み”を感じることは
必要じゃないのかな、と思うのです。
これは、子供には“考える力”がないから。
もちろん、ハムラビ法典の“目には目を、歯には歯を”的な
観点から“死に至らしめる(死に近い状態も含む)”
体罰は断じていけません。
しかし、考える力が備わっていない、ということは、
野生の動物と同じように、本能のままに生きる、
つまり、“自己中心的”な世界しか持っていないので、
相手を、周りを思いやる気持ちを持ち合わせていないということ。
お尻や太ももみたいな、青じむだけで済む程度の部分を
必要最小限に叩いたりつねったりして、
痛みを分からせる方が良いと感じます。
長時間立たせたり、正座させるのも
決して間違いではないでしょう。
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では、なぜ最近、体罰教師が問題になるのかについてですが、
それは、教師自身が幼い頃に体罰を
受けてはいけない世代、すなわち
“痛みを知らない、リセットできるゲーム世代”
だから、力の加減が分からなくなっているからだと感じます。
これは、いじめや家庭内暴力、
職場でパラハラする人にもあてはまると思います。
また、命を奪われる痛み、悲しみを知らないから、
戦争しても良い…と考える人も、
以前より増えてきているのかも知れません。
ですので、個人的な考えですが、
“体罰厳禁”という風潮は
そろそろ改めなければならないと
強く感じる今日この頃です。
以上、思うこといろいろ、綴ってみました。
それでは、この辺りで。
MACー21