そして、“奇跡の一本松”を残す
プロジェクトに携わり、
資金や技術の提供に尽力された皆々様。
これから僕が記す文章は、僕の本音です。
皆々様を深く、深く、傷つけるかも知れませんが、
黙っていられないので、綴ります。
今、NHKで『震災復興』特番を放映しています。
ある学者さんが、
『高田には一本松がないと高田らしくない』
などと、一本松復活プロジェクトを称賛する
コメントを述べられています(>_<)。
それならば、陸前高田には、
あくまでも結果的に津波から生き残った一本松しか、
素晴らしいものは無かったのかよ…と、
陸前高田をバカにしているような気がして、
本当に情けないし、腹が立ちます。
司会のアナウンサーやコメンテーターの芸能人の方は、
いわゆる有識者ではないので、
あくまでも個人的な意見として、
受け流すコトは出来るんだけれども、
有識者として知られるこの方が、
(僕的ですけれども)こんな不用意な発言を
あっさりとしてしまうやなんて。
他にも、あまり知られていない事実が、
今日の放送で伝えられていました。
それは、くり貫かれた一本松の処理の方法。
外側を残すために、中を削るのですが、
文字通り、中をくり貫いき、
削り取っただけとのコトでした。
つまり、材木となるいつもの部分は、
“おがくず”となっただけなのでした。
“奇跡の一本松”と呼ばれるだけあって、
身の詰まった、超一級品の木だったそうです。
ならば、その活かせる中身(木)を生かして、
何らかの“作品”をこしらえた方が、
本当の意味で、この一本松を生かせたのでは
……と思ってしまいます。
結局、再び建てられる“奇跡の一本松”は、
いわば、動物の“はく製”のようなものなのです。
材木として再活用する道も捨てた現実を知った今、
ますます、この一本松プロジェクトが
不可解なものとなりました。
時間に余裕がある皆さん、
この現実を知った上で改めて、
このプロジェクトを見つめ直して欲しいと願います。
MAC-21