MACー21の“津軽愛”  ~その3~ | ~全ては、あしたの笑顔のために(^-^)~        MAC-21と「ぼちぼちいこか?!」
おはようございます!

今日は8月15日月曜日、今朝のお目覚めはいかがですか?


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さて、五所川原を堪能し終えて、
青森の最終目的「青森ねぶた海上運行」を観る前に、
一つ、津軽バナシをさせて頂きますm()m、




昔より青森には、


「中三」


という百貨店があり、皆さんの生活をそっと支えていました。



▼「中三」・・・“なかさん(NAKASAN)”と呼びます。



もちろん、かつては駅前通りが賑わっていた五所川原にも、
「中三」百貨店がありました。


その「中三」の中にある食堂で名物だったのが・・・


$~大阪発! MAC-21のブログ 「ぼちぼちいこか?」


この、“中みそ”と呼ばれるみそラーメンでした。


いろいろネットで調べてみましたところ、
札幌で“味噌ラーメン”が“ご当地ラーメン”として定着しつつあった頃、
ここ五所川原の「中三」内にある食堂の“名物”を作るべく、
誕生したのが、この“中みそ”だというコトです。


しかし、昭和の時代に五所川原から消えた「中三」。

ワタクシが初めて津軽を訪ねたのは、
(もちろん)平成の時代ですので、
この写真は“中みそ”は、違う店のモノです。




実は、若干味を変えてるものの、
弘前の土手町通り沿いにある「中三」内のフードコートで、
アレンジ版“中みそ”ラーメンを今に伝えています。



もちろん、麺類大好きなワタクシも、
こちらで食するコトに。



もやしたっぷり、スープもこってりとしていて深みがあり、
“津軽愛”がギッシリ詰まってる内容に大満足でした(大絶賛)。


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さてさて、五所川原で「中三」のあった場所ですが、


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そう、『立佞武多の館』の場所やったんです!



この事実を教えて下さったのが、
既に何回か登場されている、むつ市の御夫婦。


奥様は、30年以上前から五所川原市内にある病院を利用するため、
定期的に五所川原を訪れていたそうで、
現在『立佞武多の館』のあるこの場所の前も、
かつては道路が整備されておらず、一車線しか無く、
とっても狭かったとおっしゃってました・・・。




更に余談になりますが、この奥様は、元々は北海道出身で、
その場所も、何と何と、
偉大な歴史を作り上げた大相撲横綱・大鵬の出身地の近くだそうです。


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そう、もう皆さんはお忘れかも知れませんが(苦笑)、
実はワタクシ、青森入りする前に、秋田で大鵬の歴史に触れたところやったんです(仰天)。


中学生やった頃は、鉄道のレールを運ぶなどの仕事をして、
生計を立てていた納谷少年(大鵬の本名)。


60代後半とおっしゃっていた奥さまは、
ちょうど大鵬と同じ世代ですので、本当の“歴史の生き証人”。


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あと、この奥さまからはもう一つ、
大切なハナシをお聞きしているのですが、
既に長くなってますし、津軽全体に関わるコトですので、
これは機会を改めます(かにかに)。




このような偶然が重なり、
ワタクシの“津軽愛”は、この五所川原で芽生えたように思います(^^)。




むつ市のご主人さまに奥さま、
ピクニックシートを使わせて頂いた上に、
とっても重要かつ貴重なハナシを聞かせて頂き、
本当にありがとうございましたm()m。



そして、今回の旅のキーパーソンとでも言うべき人に
巡り合わせてくれた旅の神さまにも“感謝”。




このように、ご年配の方の“リアル”なハナシを、
しっかりと記録しておくコトで、
事実は永遠に受け継がれて行きます・・・。



「ぼちぼちいこか?」、
ほんの少しだけ“文部科学省推薦ブログ”に近づけたかな(笑)。








じゃ、午前の部はこの辺で・・・ほな、また今度っ!!