2010年・・・東北夏祭りSP(その14) | ~全ては、あしたの笑顔のために(^-^)~        MAC-21と「ぼちぼちいこか?!」

さて、国の重要無形民俗文化財にも指定されている、

『秋田竿灯まつり』について、ご紹介致します(^^)。



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2010年の『秋田竿灯まつり』のパンフレットなどによりますと、

竿灯の始まりは、江戸時代中頃の1751年から63年の“宝暦年間”。



今の「千秋公園」に秋田城や武家屋敷があり、その辺りを“内町”、

内町からみて旭川の対岸にある町人街を“外町”としており、

“竿灯”は、外町に住む町人たちの手によって生まれました。




彼らは、この“竿灯”に、2つの“祈り”を託しています。


それは、“ねぶり流し”と“五穀豊穣”。



▼おぉ・・・ここでも“ねぶり流し”ですか。

  「青森ねぶた」などと同じ由来なんですね(ノ゚ο゚)ノ。




外町の町民たちは、ご先祖さまをお迎えする“お盆”の前に、

邪気などを“おはらい”することで身を清める“ねぶり流し”と、

素晴らしき“実りの秋”を迎えたいという祈り(五穀豊穣)を込めて、

灯りをともした提灯に竹ざおにたくさんつけ、街中を練り歩くようになりました。



すると、その練り歩く姿が歴代の藩主の目に留まるようになり、

のちに手厚く“保護”されるようになったそうです。



当時の名残として、この頃から祭りに参加していた町には、

九代目藩主が描いたとされる“町紋(注)”が数多く残っていて、

藩主と町民の結びつきの深さを表す“しるし”となっています。




(注)町紋・・・今の市町村章のこと。


   東京都中央区では、日本橋などの欄干に付けられていた

   擬宝珠(ぎぼし)をモチーフにしたもの、

   大阪市では、水上の道しるべであった“みおつくし”が

   設定されるなど、そのエリアの“シンボル”というべきものを

   図案化したものが多いようです。



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ところで、前回の記事で紹介した写真を見て頂きますと、

この『竿灯』ですが、とてつもなく大きなモノであるということ、

実感されると思います。




この『竿灯』のサイズですが、4つに分けられていまして、

最も大きなサイズだと、高さが12メートル、重さは50キロ。


つまり、60キロもある米1俵より少し軽いくらいの重さなんです。



そして・・・竹ざおに提灯を、小さいさおでは24個、

大きなさおで46個付けまして、夜の秋田を練り歩きます。





~続きますっっ!