会社の同僚で、一年くらい前から仲良くしている子がいる。
クラシック音楽が好きなことが共通点で、一緒にコンサートに行ったり、楽器を弾いて遊んだりすることもある。

彼女は私と同い年なのだけど、私とは全く正反対のタイプである。
周りの人が「なんで仲良いの?」と不思議がるくらい。

例えば、
私は苦労して育ったけど、彼女はお金持ちで甘やかされて育った。
私は自責思考、彼女は他責思考。
私は中身重視、彼女は見た目重視でメイクをバッチリ決め、40歳過ぎてるのにカラコンをし、林家パー子みたいなすごいファッションで会社に来ることもある。
私が思慮深くて言葉が本質をついているタイプなら、彼女の言葉はノリだけで中身はあまりない。
コンサートやお店の予約、探してくるのはいつも私。彼女は自分では動かない。
私は共感能力が高いタイプ、彼女は人の気持ちが分からない(と自分で言っていた)

更に、「私って頭の回転が早くて仕事ができる」と勘違いしているのが痛すぎる。
私から見ると、関西人のノリツッコミ的に反応が速いだけで、中身が伴わないし、反射で動いているだけに見える。
仕事ができるとは違うと思うんだけど、、、

何というか、年相応に成長していなくて幼いのだ。

感情が表に出てしまうこともある。
同僚からも「あの人はちょっと(接するのが)大変だよね」と何人かから言われているのを知っている。

で、仲良くなったのでそれとなく伝えた方がいいんじゃないかと思うときもあるのだけど、それじゃ対等じゃないしな、、と引っ込めることを繰り返している。

最近こんなこともあった。

ミッションスクールに通っていた彼女は、クリスマスになるとにわかクリスチャンになり、聖書を開くのだ。
それで、「私の今年の聖句」を決めるのだそう。
去年のクリスマスは、
「今年はこれを選んでみました。是非読んでみてね」と詩篇の一節が送られてきた。

実は私は元々クリスチャンで、昔は教会に通い、毎週礼拝で讃美歌を弾く奉仕をしていた。
聖書も勉強したのでよく知っている。
なので、「誰に言ってるか分かってる? 笑」と思ってしまった。

彼女いわく「信仰は心に寄り添うものだから、どんなスタイルでもいいんだよ⭐️」だそうだ。

私は、信仰は生活そのものであると教えられてきた
人間は神のために存在すると。
彼女にとって、信仰や聖書はファッションに過ぎず、恐れ多くも神は自分のために存在する。
(そして、そこがズレていることに多分気づいていない)
40歳も過ぎて、なんて底が浅いんだ!

何というか、難しいことは考えずに雰囲気やノリで生きているのだ。
すごすぎる!

他にも、まださほど仲良くなかったときに
「こないだ、おできを取る手術をしてきたんだ!」といきなり手術後を見せられてギョッとしたり
会社で派遣さんに、別れた旦那の話をしてドン引きされたとプリプリ怒っていたり、
とんでもエピソードには事欠かない。

この前LINEで話している時に
「私はこんなに気の合う人に出会えて本当によかった!」と言う彼女。
「うん、私も!」と返そうとして、手が止まった。
多分彼女には、自分のことを分かってくれたり、深い話ができる友達がほとんどいないのだと思う。
一方、私にはそういう友達は何人かいる。
彼女はもちろん大切な友人だけど、私にはそこまでのテンションの高さはない。
何というか温度差を感じてしまったのだ。

そりゃ受け身でいいから楽だし、最高だよね。
私もファッションの一部なのかな?とも思う。


こんなに思うところがたくさんありながら、
改めて私はなぜ彼女と一緒にいるのか考えてみた。

答えは薄々分かっていた。

嘘くささがないからだ。

彼女には、変な要領の良さとかズルさがない。
裏表もない。
不器用で、人を蹴落としたり相手を騙したりできない。
嬉しいことを嬉しいと言う。
だからホッとするし、そういうところが、自分と似ているとも思う。

多分彼女は自分の1番の魅力に気づいてないけどね。

聖書には
「幼子のようにならなければ、神の国に入ることはできない」と書いてある。
不器用で素直な彼女は、実は私よりもずっと神の国の近くにいるのかもしれない、と思った。