カウンセラー以外のほとんど誰にも言ったことないが、
自分が嫌いで、今すぐにでも消えてしまいたいと思っている。
正確に言うと、死にたいのではなく、生きているのが辛いという感じ。
2年くらい前にカウンセリングを受けていて気付いたが、常に胃のあたりに石を埋め込まれているような感じがある。
それは、生活で何か嫌なことがあったり、嫌なことがフラッシュバックしたりすると、重苦しさとして自覚される。
別に、お金がなくて食べるのに苦労してるとか、会社でいじめられて居場所がないとか、旦那さんに暴力をふるわれているとか、病気で何もしていなくても苦しいとか、そんなんじゃない。
じゃあ何が不満なのって感じだが、、
やっぱり、ありのままの自分を認められないのが辛いのだ。
こんな自分は好きになれない。
生きている価値もない。
そう思い込んでいるから、生活している中で、それに合う情報をどんどん拾ってきてしまう。
結果、歳を重ねるごとに、どんどんどんどんその思いが強くなっていく。
イメージは、
自分の中に、ヤクザのような怖い自分がいて
自分自身のことを
「嫌いなんだよ、目障りなんだよ、今すぐ目の前から消えろよ」と
責め立てている感じ。
それを言われた私は怖くて震えながら、涙を流して「ごめんなさい、ごめんなさい、私変わるから許して、、」と言っている
現実世界は自分の内面の反映だから、こんな状態で幸せな現実が作られる訳もない。
どうにか幸せになりたくて、
いやそんな贅沢は言わないので、せめて心から楽にいきられるようになりたくて、
カウンセリングを受けたり、仕入れた情報の中で良いと思ったことは取り入れている。
自分を甘やかしてあげましょう、とか
嫌なことはやるのをやめましょう、とか
休みたいときは休みましょう、とか
自分の感情を素直に感じてあげましょう、とか
自分を褒めてあげよう、とか
思い込みに気付いて解放しよう、とか
小さい頃の自分をヨシヨシしてあげよう、とか
でもあんまり変わらないんだよね。なぜか。
生きていることすら義務感が満載だから、とっても疲れる。
私は一生、周りの人の嫌な部分の尻拭いをしながら生きるんだろうなと思う。
そうなっている理由も分かっていて、自分にやりたいことがないからなのだ。
例えば、私が雇われている会社はとっても良い会社で、手を挙げれば何でもやらせてもらえる。
でも、私はやりたいこと自体がないので、「何でもやります」になってしまい、結果誰もやりたがらない大変な仕事とか、人の尻拭いみたいな仕事が回ってきてしまう。
何もかもを投げ出したい。
死んだら楽になれるだろうな。
今日死んでいく人が羨ましい。
代わってあげたい、というか是非代わらせていただきたい。
時々自分が死んでしまった後のことを妄想する。
みんな「あんなに明るくて優しくて前向きだった子が自殺してしまうなんて、信じられない。一体何があったんだ」と言うだろう。
何もないよ。
「何か悩みがあったんなら言ってくれたら良かったのに」とか。
こんな悩み言える訳ないじゃん。
「カウンセリングとか医療を頼っても良かったのでは?」とか。
カウンセリングは何件もかかったし、心療内科とか精神科では元を断つことはできないので行かないよ。
みんな、訃報を聞いた日はびっくりして、家族とか友人に話したりなんかして、寝る前に久しぶりに私のことを考えたり、場合によっては涙したり、誰にでも悩みはあるんだなとちょっと親近感を覚えたり、助けられなかった自分のことを少し責めたりするのかな。
私は結構、いるだけで重宝されたり、感謝されるんだ。
(あなたがいてくれて本当に良かった、とよく言われる感じ)
でもその内、大切な人にも忘れられてしまうのかな。。
死んでしまったら、忘れらるのはあんまり悲しくないけどね。
以上は、今に始まったことではなく、数年前?もっと前?から思っている妄想で、
実際は
9月にフルートのピアノ伴奏を引き受けているのと、
最近副業で始めたYouTubeのライターが結構合っていて楽しい(評価もかなり高い)ので、
今は自殺はしないけれどね。