キット君が天国に行って100日
6月18日キット君は天国に行った
あの日からキット君が居ない日々が
始まり悲しくて泣いてばかりだった
だけど今日で100日経ったんだね
猫とはいえども家族になって6年と
2ヶ月足らずペットではなく家族と
して一緒に暮らし飯野駅に行ったり
いつもいつも一緒に行動していたね
今はただキット君に逢えて良かった
どんな形でも家族になれて良かった
健康なキット君では無かったけども
キット君は我が家にとっては次男坊
いろんな思い出を残してくれたよね
今でも思い出すと涙が出て来るけど
それだけ大好きだったからなんだよ
今日は家族でキット君のこと語らい
思い出しながらが外食にでも行くか
今日はそんな夜にしたいと思ったよ
私達家族はこれからも前に進むから
天国から応援よろしくお願いします
”新燃岳の噴火(@_@;)”
2011年1月26日の夕方新燃岳が
大噴火を起した日で約14年半前です
その日のブログをリブログしました🌋
そしてその年の3月11日東北大震災
新燃岳噴火と同じ年に起こってました
年月が経つと忘れがちになりますけど
今年の新燃岳噴火で調べてみました🌋
いつ何が起こるか分からない世の中🌊
日頃からいざという時皆で支え合って
助け合って行けたらと思うところです
見つめ合って感じた事③
最後に目がったのは瞳孔が開いた
つまり息を引き取った後という事
居間から去って行ったキット君は
ふたたび戻って来る事は無かった
夕食を食べてウトウトしてた私が
見た最後は遠くの部屋から移動し
お風呂場へ行く黄色いお腹だった
私は疲労でついつい寝てしまった
それからしばらくして●子が急に
大声で叫びキット君の死を知った
居間へ来てからたぶん30分から
1時間くらいの短い時間という事
キット君は家族の見てない時間に
ひとりぼっちで逝ってしまったよ
家族に見せたくなかったんだろう
キット君の死に様カッコ良かった
亡くなった身体をきれいにする為
お風呂場に3人で入り血だらけの
キット君の口や手などを洗い流し
きれいにしてあげたんだったよな
洗った後は乾かして奇麗になった
その時は気が付かなかったが後日
気が付いたのはキット君が最後に
こっちを向いて息絶えていたのは
「僕をきれいにして送り出して」
と最後のメッセージだったのでは
と思わずにはいられない私だった
キット君に出逢えた事は人生の宝
亡くなって今夜8時1ヶ月になる
これからはキット君の分まで前を
見て飯野駅でがんばろうと思う!
キット君の大好きな居場所だから
今でも涙が止まらない私だけれど
涙が枯れたら笑顔でがんばりたい
キット君も絶対そう願ってる🌈
私の帽子を枕にして寝てるキット君
私が体験したキット君との深い絆を
ずっと残したくて記録に残しました
最後まで読んで下さり感謝致します
じゅんぺい
見つめ合って感じた事②
キット君と見つめ合った2回目は
亡くなった6月18日の夜だった
ずっと一緒にいたけれどほとんど
亡くなる少し前からのキット君は
遠くの部屋の片隅で隠れるように
過ごしてたのだったが最後の日は
夕食の準備をしてた7時半くらい
居間に来てテレビ台の上に乗って
その棚の奥に入ってた姿を見た私
それで相棒に反対側の広い棚の方
柵を取ってあげてと言ったあとに
その棚に入る事も無かったけれど
キット君が私の方に向きを変えて
私の顔を見てジッと見つめて来た
私は思わず相棒にこう言ったのだ
「キット君私を目に焼き付けてる」
私はその時はまさか最後の挨拶と
思う余裕は無かったがキット君は
最後の力を振り絞り気力で居間に
やって来て挨拶回りしたのだった
テレビ台の上から見つめ合った目
命がけで居間に来て感謝を表した
今でもその時の場面を思い出すと
涙が出て来て止まらなくなる私だ
キット君私には全て伝わってるよ
愛を持って接すれば愛がかえる事
キット君と過ごした日々は宝もの
キット君は最後に確認したかった
大切な家族に「ありがとう」って
言うための気力を残していたんだ
私達こそキット君の事忘れないよ
深い絆で結ばれてた家族だからね
「キット君私達こそありがとう」
2025年6月18日(水)
キット君6歳午後8時永眠
見つめ合って感じた事①
キット君が亡くなるまでに2回
見つめ合った瞬間があったので
その時の事をここに記しておく
そして最後の3回目の事も書く
前に脱走したことがあったので
もしかしてお気に入りの場所に
最後に行っておきたかったかな
と思い悔いが残らないようにと
出たいと動き回るキット君を見
キット君の気持ちに寄り添った
時々家の外を見に行ったのだが
3時間半後隣の敷地の草むらに
しゃがみこんでいたキット君を
みつけて目と目が合ったのだが
私をジッと見つめて猛アピール
「もう歩けないよ迎えに来て」
それを察した私は急いで迎えに
行き抱きかかえ帰って来てくれ
てありがとうと心の中で叫んだ
抱っこして家の中のお風呂場に
行き汚れた身体を拭いてあげた
「キット君だけの秘密の場所に
行けて良かったねおつかれ様」
その後は外に出しても遠くまで
行く気力も無く限界だったろう
キット君の最後のお散歩だった
あの日のキット君の目忘れない
あの時の目はまぎれもなく感謝
行かせてくれてありがとうの目
私も行かせてあげて悔いはない
2025年6月16日(月)の最後の散歩
キット君の思いを継ぐ
楽しんだり心配したり色々あった
だけど一緒に過ごした日々は今は
かけがえのない大切な想い出です
駅に来た時から声も出ない子猫で
どことなく弱そうな子猫ちゃんで
それまでは捨てられた子猫ちゃん
行く当ても無く駅で保護しました
その後も色々ありましたがのちに
私が必要に迫られて飼う事になり
病院に連れて行った日言われた事
「こんなに口内炎が酷い子猫は
初めて見ました」
そこから家族に迎え入れたのです
動物病院にも何十回も通いました
家と駅の行ったり来たりが始まり
キット君は駅に行くのが大好きで
もしかしたらキット君は駅の方が
お家かもと思う私がいたのでした
あれから6年過ぎ今年2月20日
もっと早く気付くべきだったけど
医者から慢性腎臓病の末期ですと
言われて唖然とした私がいました
その事を知ってからの私の活動は
精神的にもおかしくなり坂を下る
ようにどん底に向かい始めました
それくらいキット君が大事でした
キット君が残してくれた思い出達
キット君が残してくれた心の財産
あの子の遺志を継いで行くのは私
それを感じて思った私なのでした
時間はかかりましたがこれからも
私の中にいるキット君と供に駅を
訪れるお客様のために今まで通り
活動を続けて行こうと決めました
2025年7月10日
見てる人は見てる
午前中活動部屋で掃除していたら
隣りの待合室の方から男性の声が
聞こえて来たが他人事だと思った
しばらくしてもまだ気配を感じて
気になったので行ってみたら私に
声をかけたかったのだそうだった
長く来なかったけどやっと来れた
らしく前にも話した事あるそうで
見覚えのある名前の男性職員さん
覚えて下さってた事が嬉しかった
「いつもありがとうございます」
そんな風に言ってくださることが
夢のように感じたけど嬉しかった
がんばってもがんばっても空回り
でも見てる人は見てるそれでいい
そんなことを思った今日という日








