-ICUは苦痛そして…-

オペは成功したが、オペ後の合併症が心配されたためにICUにいなきゃいけない期間は二週間だった。


二週間もICUにいなきゃいけないなんて苦痛以外のなにものでもなかった。


朝なのか夜なのかもわからないし、Doctorも看護師も忙しそうだから、私の相手をしてくれる時間は少ないし…。
家族は1時間しか面会出来ない。
ずっと機会音がなり続けていて、けして落ち着く環境ではなかった。


母は、雑誌とウォークマンを差し入れてくれたけど、頭が痛いと雑誌を見る気にも音楽を聞く気にもなれなかった。


そして…私が最も嫌な時間は朝の回診だった。
毎日、午前中に何人かのDoctorが回ってきて傷口を包交しにきた。
消毒は怖かったし痛かった。
それだけじゃない。
Doctorの中に部長がいると、『勉強しろ!!雑誌なんか置いてないで勉強道具持ってこい!!病気を理由にするな!』
時には、『なんでくも膜下出血になるんだ?』なんて質問された。
部長が私の所に来るたびに毎回怒られた。

看護師さんにも、『マンシェット(血圧計の腕に巻く部分)を巻くときの注意点は?』なんて質問される事もあった。
基本的な質問なので、答えられないとあなた三年間何をしてきたの?と思われてしまう…。

看護学生の私にとって実習よりも怖いドキドキの質問だったな。

私は、看護学校三年生の12月に入院したので後二ヶ月後には看護師国家試験が待っていた。


頭が痛いのに…勉強なんて出来ないよ。
正直…試験なんて考えられるような状況じゃなかった。
私は、入院する前に計画を立てて毎日図書館に通い勉強を頑張っていた。
みんなも、図書館に毎日集まり勉強をしていた。
みんなが、本腰を入れて勉強に必死になってる時期にこんな事になってしまって…受かる気も試験を受ける気もおきなかった。
むしろ、看護師になんてなりたくない。ならなくていい。
今はそんな事考えたくもない。
それが、正直な気持ちだった。

私の看護師になりたいという気持ちは消えそうだった。
-母を安心させたこと-

ICUに見舞いに行くと、必ずチャムコはぐったりしていた。
いつもの明るさはなく、『頭痛いの、痛くて我慢出来ないの』と辛そうだった。
チャムコに、彼氏からのメールやさこからのメールを見せても、頷くだけでいつもならニコニコするのに…笑うことも出来ない様子だった。

母『彼が早く会いたいって言ってたょ』

チャムコ『こんな顔じゃあえないねぇ~』

母『さこちゃん来てくれるってょ』

チャムコ『うん…。』

いつもなら…明るく笑うのに辛そうなチャムコ。


でも、昨日先生から『若いんだからシャキシャキ歩きな』と言われたから、『無理。』って言ったの。


とチャムコから言われ、少し安心した。


冗談を言えるようになってきたんだ。
よかった。
自分がいれる1時間は、具合悪そうでも…先生や看護師さんと話している様子を聞くと安心する事が出来た。


母にとって、チャムコがどんな顔になろうがどんな風になろうが関係なかった…。

命さえあればいい。
生きてさえいてくれればなんでもいい。


母はただただ、祈り続けた。
-親友さこ-

さことは高校生の時に知り合い。高校と専門学校の五年間は親よりもずっと長い時間を一緒に過ごした親友だ。
さこは他県に就職したため離れ離れになっていた。離れていても、どこにいても会えなくても、関係は変わる事なく会えばいつもの安心する存在だった。
さこが地元を離れる時は、寂しすぎて泣きまくったぐらい。


母はさこにも連絡をしてくれた。


母『さこちゃん久しぶり。家のチャムコがね…くも膜下出血で入院したの…。手術は無事に終ったから…。さこちゃんには知らせたくて…』
母は涙ながらに説明した。
さこは何を言ってるのか飲み込めず…頭が真っ白になった。


インターネットで「くも膜下出血」と調べるとよくない事ばかりが書かれていた。

チャムコが死んでしまうかもしれなかったなんて…
考えるのも辛い。


生きててくれてよかった。すぐにでもチャムコの側に行きたかった。


さこは気が動転しながら自分の母に連絡した。

『お母さん…チャムコがくも膜下出血なんだって……』

さこ母
『あんた仕事なんてしてる場合じゃないでしょ…。早くチャムコ」の所に行ってあげなさい』

『ぅん。今はICUで会えないみたいだから…出れたらすぐに行くよ』


さこは私にメールをくれた。
さこからのラブレター

さこからどんなに私が愛されてるかを感じた。
さこにとって私は大きい存在みたいだけど、私にとってもさこは大きくて…誰にもかえられない存在なのだ。


さこの励ましはいつも私を勇気づけてくれる。


ICUで、辛い時間を過ごしたけど…さこに会えるその日まで頑張ろうと思った。

また、二人で笑いあえるその日まで。