頭の痛みまだまだ続いていた。 
痛み止めを飲んでも、痛みが治まるのはほんのわずかな時間だった。
痛み止めは1日に何度も飲めないため、痛みに耐えるしかなかった。

ICUから早く出たい。
先生に毎日訴えた。
『まだ術後の合併症があるかもしれないから、二週間はいないとね。』

先生は爽やかに答えた。

自分の置かれている状況をつかめず、ただ毎日を過ごすだけだった。
それでも、ほんの少しずつだったけど
雑誌をパラパラめくったり、音楽をちょっとだけ聞いたり、看護師や医師と話したり出来るようになっていった。

でも、食欲はわかなかった。
毎食毎食ほとんど食べずに残した。
ご飯の時間が苦痛だった。
先生から『普通、術後痩せちゃう人多いけどあんま痩せないね(笑)』
なんてからかわれたりもした。

ICUで過ごした時間の記憶は曖昧で、ごちゃごちゃしている。
所々の断片的にしか思い出せない。
ただひたすら苦痛で長く辛かった。

今思えば、この経験は看護の道を歩んでいこうとしている自分にとって患者さんの気持ちを痛みを辛さをより理解し看護に生かす事の出来る経験だと思う。
だけどそれは、命があってこそ。 
助かったからこそ
生きていてこそ生かせる。

今、こうして命がありこのブログを書いている事に感謝します。





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-学校のみんな-
私が入院したのは、土曜日だった。
月曜日
いつも来るはずのchamukoが来ない。
連絡もなし。
いつもなら、連絡来るはずだけど今日はないね。
寝坊かな、サボリかな。
みんな、入院したなんて思ってもいなかった。
授業も終わり、帰りのホームルームの時間担任の先生は『chamukoさんなんだけどね…土曜日クモ膜下出血で倒れて緊急手術をしました。今はICUに入院してます。手術は成功しています。試験もちゃんと受けれますからね。』とみんなに説明した。

その場に居た誰もが耳を疑った。
信じられなかった。

なんで・・・
悪い事ばかりが浮かぶ
後遺症は残らないのか
話せるのか
意識はあるのか
また笑顔で笑えるのか

先生は試験受けれると言ったけど、本当に大丈夫なのかな・・・

でも、chamukoが頑張ってるなら自分達も勉強頑張ろう。

クラスのみんながchamukoの回復を願った。





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-私を信じてくれた先生達-


私が入院した日に病院から看護学校の副担任に連絡が入った。

連絡を受けた先生はすぐに教務部長や担任の先生に連絡をした。

個人情報も何もないなっておもったけれど…
看護学生だから仕方ない。


担任の先生と教務部長そしてもう一人の先生が手術の日に来てくれた。


先生達は、手術が終わってからの医師の説明の時三人揃って部屋に入ろうとしたが、主治医に「先生達には後で説明しますから、まずは親御さんに説明しますからお待ち下さい。」と入室を止められた。


先生達のこの行動は、いつも冷静な彼女達が動揺してるとわかる行動だった。


いつも冷静でむしろ、怖い先生達だが私の事を心から心配し早く元気になる事をどれだけ願い心配してくれたのかが、その行動だけで伝わった。


後から聞かされた私は、先生達…親と一緒に説明に同席はありえないでしょ。その光景を想像するとちょっと笑えるなと思ったけど、心配してくれた先生達の気持ちがとても伝わった。


私の担任は、それはもう怖い先生だけど、心の底は暖かく優しい先生だった。
看護学校の先生は、教師以前に看護師である。


数々の実習で先生達と関わってきたが、看護師だからこそ人の辛さや命の重みを知っていて尊敬出来る人ばかりだと感じる事がたくさんあった。


先生達はなんというか、とても個性的で人間味に溢れてる。
辛い実習中、何度先生達の言葉に助けられた事だろう。