ららを産んだところは藤田ばんたね病院。大学教授の多田伸 医師に診てもらいました。
私は10年前、息子を授かったとき、名古屋市中川区にある藤田ばんたね病院を訪れました。
娘の妊娠時、その病院でで高血圧症で入院し出産した経験があったからです。
当時、入院先で同室の患者さんとちょっとしたトラブルがありました。
私はすぐにナースステーションに相談しに行きましたが、対応してもらえず、ナースの方に自宅が近いので
安全に休まることが難しいのでしたら、
帰宅することを伝えました。対応もなかなかしてくれず、立っているだけでもしんどいので荷物を持って自宅に帰ってきました。
その後、また病院から受診するように連絡があり
藤田ばんたね病院に受診し検診を受けるようになり、娘のララを出産しました。それまでは妊婦検診時にエコーをしてくれる医師などはとても冷たかったです。
それでも娘を産むことをためらわず、その病院で最後まで通い。出産しました。
それから1年後、息子のはくがお腹の中に宿り
先々を踏まえ、陣痛などそういった対応には最寄りの病院が良いと選んだのが、再び同じばんたね病院でした。
去年のことを引きずって言われても仕方ないと思っていました。
産婦人科医 多田 伸 医師の診察を受けた際、
そのときの出来事を唐突にぶり返されました。
「スタッフと仲良くしないといけないよ」
「うちで産むならそれなりの覚悟がいるからね」
私はただ、安全に出産したくて相談しただけでした。
でも返ってきたのは、怖さを感じるような言葉でした。
そして、こうも言われたのです。
「僕が紹介状を書いたら、君はどこの病院にも診てもらえないよ」「僕が紹介状書いたら、恥をかくんだからね」と言われました。
信じられないと思いましたが、本当にそのとおりのことが起きました。
その後、紹介状を受け取りました。
でもそこに書かれていた内容は、まるで「私がトラブルを起こす迷惑な患者である」かのようなものでした。
私は「これはおかしい」と抗議しました。
紹介状を書き直してほしいと頼みましたが、ほとんど内容は訂正されず、
そのまま他の病院に持っていくしかありませんでした。
結果、どこに行っても不適切な対応を受け続けました。
病院を回っても回っても嫌がらせや恐怖の中、孤立をしながら育児と現実に向き合いながら、生きてきました。
それが10年にわたって続きました。
最初は私一人だけが、理不尽な扱いを受けているのだと思っていました。
でも、今は息子までもが同じような対応をされています。
必要な説明もされずに出された薬で、
副作用に苦しみ、生活が立ち行かなくなった日もありました。寝込んだ日もありました。
医療器具で必要のない検査や血液検査をした後にCTで写し、1カ月に2回や1年で何回だろう。。
変わる変わる病院で同じ検査ばかりしてきました。
身体的な痛みが長引いたことや微熱もありました。
よく分からないけどらアレルギーもなかった身体はアレルギーにもなり、生活に支障がでています。
「おかしい」と思っても、訴えれば“クレーマー扱い”。
他の医療機関に行こうとしても、紹介状や過去の記録が障壁となり、また同じ対応の繰り返し。
逃げ場のない医療の迷路に、私たちは今も閉じ込められています。
特定の医師に対して意見したこと、トラブルを回避しようと相談したこと――
それらが「扱いづらい患者」というレッテルになり、
病院内での扱いが徐々に冷たくなっていったことを、私は実感しています。
私が抱えているのは、ただの“思い込み”ではありません。
10年もの時間が証拠です。
息子にも広がる影
一番つらいのは、息子にも同じような態度が向けられるようになったことです。
言葉には出されないけれど、明らかに距離を取られている。
「親がこうだから」という無言の偏見が、子どもにも影響している。
それは決して、あってはならないことのはずです。
その為、息子の母子手帳の経過記録の
その後、他の病院に受診をしてもうちでは見れないと拒否されてたらい回しにあいました。
記録に印がないところの病院もあり、主人は産める病院が見つかるまで受診するように、支えてくれました。
名古屋 棭斎会病院ではうちで産むなら会議しないと分からないからと言わた事もありました。

