「麒麟がくる」で、本能寺の変が近づきました。細川玉(ガラシャ)が、15歳のときに父の主君織田信長のすすめによって細川藤孝の嫡男・細川忠興に嫁ぎました。玉は、明智光秀の娘です。しかし1582年6月、光秀は主君・織田信長を本能寺の変で討って、その後秀吉に殺されました。逆心の娘・玉は丹後の味土野(現在の京都府京丹後市弥栄町)に隔離・幽閉されました。この苦難の中に洗礼を受け、ガラシャ(ラテン語で恩寵の意)という洗礼名を受けました。

 関ヶ原の戦いの勃発時、大坂の細川屋敷にいたガラシャを、西軍の石田三成は人質に取ろうとしましたが、ガラシャはそれを拒絶し、屋敷に火を放ち死にました。享年38歳でした。ガラシャは長男の細川忠隆の正室で前田利家の娘の千世に逃げるように勧めたと言われ、千世は姉妹である豪姫の屋敷に逃れました。

細川ガラシャは、結婚に伴って改姓した最初の日本人女性とされています。

 ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ  

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