先週の鈴木杏樹の「いってらっしゃい」で聞いた話題です。万葉集について調べていたので、興味をおぼえました。
日本語には『漢字』、『ひらがな』、『カタカナ』があります。漢字は、今から約2300年前、紀元前3世紀頃に、中国から伝えられたといわれています。漢字が伝わって来るまで、日本には文字というものが存在せず、言葉を文字で表すことが出来ませんでした。そこで中国から伝わった漢字を使って、新しく"日本語"という文字を作って、言葉を文字で表そうとしました。その時、考えられたのが"漢字を使って、日本語の音を表す"というやり方です。『万葉集』によく登場していたので、そこから『万葉仮名』と呼ばれるようになりました。
平安時代初期、9世紀頃になると、少しでも簡単に、そして早く書くために、『万葉仮名』を崩して書くようになりました。崩して書くことを『草書』といいますが、万葉仮名を草書化した文字は『草仮名(そうがな)』と呼ばれるようになりました。この『草仮名』から生まれたのが、ひらがなです。例えば『安』を崩して書いて出来たのが、『あ』です。
カタカナもひらがなと同じように『万葉仮名』、から生まれました。但し、ひらがなと違うのは、漢字の一部分を取って作られていることです。例えば『ウ』の場合、『宇』の上の部分、『うかんむり』の所から作られたものです。
平安時代初期の9世紀頃に、誕生したと考えられているひらがなですが、それでも"文字は漢字で書くもの"という風潮が残っていました。当時の公式の文書は、全て漢字で書かれていて、男性は漢字を使うというのが一般的でした。そんな中、宮中の女性たちは、ひらがなを日記や和歌に使うようになりました。ひらがなは女性の文字を意味する『女手』と呼ばれていました。これに対して漢字は男性の文字を意味する『男手』と呼ばれて、区別されていました。

平安時代の歌人、紀貫之は男性なのに漢字ではなく、ひらがなで『土佐日記』を書いています。「をとこ(男)もすなる日記といふものををむな(女)もしてみんとてするなり」

現在、カタカナは外来語や外国語、外国の方の名前や外国の地名、専門用語や動物や植物の名前、『擬音語』や『擬態語』などに使われています。明治時代から1947年(昭和22年)まで、子供たちが学校で最初に習う文字は、カタカナでした。小学校の教科書でも、カタカナが使われていました。教科書の文字をお手本にして書く時、カタカナの方がマネしやすいから・・・という理由からでした。