不忍池を左に見ながら、上野公園の高台に沿って歩くとすぐに五條天神社の参道が見えてきます。
緩やかな参道の先には鳥居も見えました。
いきなり石段はつらいので助かりました。

右にカーブする道の先にあるのが五條天神社と花園稲荷神社。
まずは五條天神社に向かいます。
都心では珍しく鳥居から石段を下っていくと静かな境内が広がります。
五條天神社。
東京都台東区上野公園4-17
御祭神:大己貴命・少彦名命
景行天皇の御代、日本武尊が御東征の際、上野の忍岡で薬祖神二柱の大神が奇瑞を現し給い難を救われたので、ここに両神をお祀りしたと伝わる。
菅原道真公は寛永十八年(1641)に合祀。

こちらも珍しい円形の手水舎。
上野公園の奥に位置しているので観光客もここまで足を延ばす人は少ないか。
境内右手の石段を上るとそこはもう花園稲荷神社の境内。
花園稲荷神社。
東京都台東区上野公園4-17
御祭神:倉稲魂命
正式には忍岡稲荷というのだそうです。
もともと石窟の中にあったことから穴稲荷とも呼ばれています。
あくまでも五條天神社とは別の神社とのこと。
あまり広くない境内ですが、それがかえって神聖な空気感を醸し出しています。
御狐様はどちらも凛とした表情をしています。
奉納の名前に三遊亭円歌とありますが、自分が知っている昭和の円歌師匠でしょうか?
観光ルートからはやや離れているので、静かに参拝できるのもありがたいです。
花園稲荷神社の参道沿いで「神徳惟馨」の額が目に留まりました。
こちらの建物は五條天神社のもので、もともと医薬祖神といわれる同社にゆかりの言葉みたいですね。
よく見ると伊藤博文の名前が見えます。
その隣にある朱の連鳥居は穴稲荷のものです。
ひとまずまっすぐ延びる花園稲荷神社の参道を表まで一度戻ってみます。
続きの建物にも五條天神社の大きな奉納額がありました。
表参道から境内に延びる参道。
赤に白く染め抜いた奉納旗がよく映えます。
向かって左側の低い場所が五條天神社の境内になります。
改めて穴稲荷を参拝します。
防犯のためもあってか扉が閉まっていますが、参拝者は自分で開けて中に入ってお詣りします。
なお、中は撮影禁止となっています。
正面の壁面に穴が開いていてその中にお祀りしてあります。
左手奥には小さな祠があり、天海僧正が住処を失った狐のために祠を建てて祀ったと伝わります。
そのまま花園稲荷神社の境内まで戻り、今度は右手に続く裏参道を進みます。
奉納鳥居が続く参道を上がっていきますが、ここは稲荷坂と呼ばれていたそうです。
裏参道から境内の外に出るとそこには上野公園の喧騒が待っていました。
ちょうど広場で大道芸人たちのパフォーマンスが繰り広げられていましたが、境内まではその喧噪も届きませんでした。
こちらには五條天神社と花園稲荷神社の名前が併記されて参道の表示がありました。
改めて境内に戻ります。
紅葉もまずまずの見ごろでした。
少し時間が経つと人影もなくなるタイミングもあるようです。
御朱印は二社合わせて五條天神社の社務所でお願いできます。
ただし花園稲荷神社の御朱印は書き置きに日付を入れるスタイルになります。
社務所の参道を挟んだ向かいに覆い屋に入った祠がありました。
こちらは七福社。
江戸時代に寛永寺の山内各門にあった祠のひとつだということです。
さて、五條天神社と花園稲荷神社の参拝が終わりました。
このあとはかつて寛永寺境内にあった清水観音堂に向かいます。