2005/11
私達は知人の紹介により、国分寺から23区の新居へ。

それが今私の暮らしている場所でもある。

引越しはワゴン車を借りて何度か往復しての作業だった。なかなか大変だったのを覚えている。
でも、凄く便利なところです。路線は3本。都心へは各線を使い乗り換え無しで行ける。しかも駅へは徒歩1分。

妻は国分寺での仕事を辞め、、、厳密に言うと、実は8月頃に退職していた事を引越し前に知った。。。

私は怒らなかった。私が仕事を頑張って、生活を造ればいいと思ったから。

それから彼女は池袋のサンシャイン内で仕事に勤め、とても自分に合った仕事だと喜んで打ち込んでいた。私も嬉しかったが、妻が長続きするかどうか心配だった。実際はおそらく今も継続している?ようでもう3年も勤めているのだから、凄い事です。

私は相変わらず新宿。

仕事の終わる時間が近く、合流して一緒に帰る事が多かった。外で一緒に歩く時の彼女の幸せ一杯の顔を忘れられない。無邪気に手を繋ぎたがる彼女が、今も、今も私の中に、、、

まるでさっきの出来事かのように焼きついている。。。

考えるだけで涙が止まりません。今も。

この冬が、私の結婚生活の中でも最も幸せな時間だった。全てが充実し、上手くいっていた。

正月には私の実家に呼ばれ、両親、兄弟、親戚にお祝いをしていただいた。私達は何度も永遠の愛を誓い、毎日が幸せで幸せで仕方なかった。


冬も終わりかけた3月末、彼女の祖母の不幸の知らせが届き、彼女とお葬式に行く事になる。そこで、、、

彼女の家系の複雑な関係を知ることに・・・・。

                           ~つづく~
2005/4
同棲が始まり、彼女の荷物を私の家へ。
二人で何回か池袋と国分寺を往復した。とにかく本が多かった。
荷物の整理も終わり、彼女は国分寺で働き始めた。でもそれは少し後の話で、実際は大学生だった彼女が私との生活を優先し、、、というかもう夢中だった感じで休学の手続きまでしていた。

同棲中、たくさんの事があった。

私は20tトラックに後方から突っ込まれ、車で事故を起こし怪我をした時があった。

「あなたがいなくなったら、私は生きていけない」と涙を流し心配していた。
あの時彼女がいなかったら、私は起き上がる事もできずにいただろう。彼女の愛を受け続けて私は生きたいと思った。

彼女が自宅付近で痴漢にあった事もあった。
泣きながら電話してきた彼女の元へ、仕事も投げ出して帰った。
「怖かった、怖かったよ」と泣く彼女をそっと抱きしめた。

この頃からだろうか、好きというより、愛してるという表現に変わっていったのは。

そして私は告げた。

「結婚しよう」

彼女は、
「ずっとずっと、あなたと一緒にいたい」

私は実家に連絡し籍を入れ、姓を変える事を伝えた。

彼女の実家に挨拶に生き、無事許可を得た。あの時、とても緊張した。両親は「昔から結婚するつもりの無い相手以外は連れてくるなと言っていたから、、、でも結婚は甘くないよ。二人で頑張るのだよ。」
と快く認めてくれた。

そして、
2005/07/03 二人で役場に婚姻届を提出し、ついに夫婦へ。

婚姻届の保証人は彼女の実家のご両親だった。そして、私は新しい姓となり彼女と二人で生きていく事を決心し、ただ幸せを、彼女の幸せの為に生きる事を誓った。

毎日が幸せで、離れるのがいやだった。

そんな新婚夫婦の私達に引越しが訪れる。

                         ~つづく~
最初の出会いは偶然だった。

当時私は先生の仕事を手伝っていて、その現場でたまたま。私はその時、長かった遠距離恋愛の破綻を経験して半年程経っていた。自分の中で恋愛が死んでいた頃だった。

確か、そこで彼女から猛烈にアピールされた事を覚えている。凄くわかりやすい人だった。

その後も私の仕事場によく遊びに来る機会が増えて、どんどん綺麗になっていくのがわかった。
最初はぽっちゃりで髪もボサボサだったんですよ(!)。私の好みとは全然外れていたけど、あっという間に美人になっていった。本当にびっくりするほど。

ある日、

全てがここから始まった。

2005/02

彼女の家に行く事になった。

彼女は当時池袋の1Rマンションに住んでいた。

たくさん話をして、彼女が持っている感性は自分とあまりにも似すぎている。そこではっきりそう思った。芸術を見て感じ取った表現も同じ。音楽を聴いても「あ、ここいいよね!」という部分も一緒。その他も、私たちは性が違うだけで、同じ人間ではないかと思うくらいだった。

そしてその日、私たちは結ばれて付き合いが始まった。

今でもあの時の事は鮮明に覚えている。貴方の髪も肌もすべて・・・・・・・・・・

そう、全てはこの日だった。ここから私も少しずつ夢中になっていった。

次に会ったのが1週間後。彼女は私の貸したCDを毎日聞いていたと洩らした。会えなかったのが寂しかった。不安だった。そんな彼女の気持ちを私はわかっていた。
それから徐々に、頻繁に彼女の所へ行くようになっていった。

私たちはお互いを求め、さらに夢中になっていった・・・・


二ヶ月間、何度会ったか、、、


とある日、私が高熱で倒れた時、彼女は来たことも無い私の住む街に来た。

私の家を見つけ出し看病してくれた。彼女は泣いていた・・・

心配かけてゴメン・・・

そこから逆に彼女が私の家に頻繁に来るようになった。私は当時国分寺、国立周辺に住んでいて、家はファミリー向けの広さを持った部屋だった。それもあってか、彼女との生活を無意識に受け入れていた。


2005/04 こうして同棲が始まった。     

                          
                              ~続きは次回~