ぶらり散歩写真@sapporo

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札幌を中心に、ぶらりしながら写真を撮ってます。
ほどほどにアップします。
散歩のお供のカメラやポータブルオーディオ、飲食店についてのコメントや写真もアップしていきます。

デスクトップのPC用スピーカー、これまでは。。

 

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SONYの古~いワイヤレススピーカー「SRS-X11」に有線接続していました。

普段使い(You Tubeなどの再生)には音質も文句無しなんですが、唯一の問題は「AC電源が通常接続して使えない」こと。

なので普段は充電状態で使っていますが、まあ時々充電切れになることもあります。

その場合はACアダプターを接続すれば音は出ますが、充電状態になるので継続使用はベストではありません。

 

。。ということで、ACアダプターで常時接続できるスピーカーは無かったかな。。と探し出したのがこれ。

 

 

あの「Marshall」の超小型アンプ「MS-2」。

「Marshall/マーシャル」といえばご存知、世界中のミュージシャンにも愛用者の多いイギリスのギターアンプメーカーです。

 

その “ミニチュア版” ともいえる機種がこの「MS-2」で90年代前半から販売され、いまだに現役というロングセラーとなっています。

110W×140H×60Dmmという “手のひらサイズ” で、わずか400g前後という軽量。電池駆動も可能なので持ち運びに便利です。

 

背面にはこんなベルトクリップがあって、身に付けての使用もできるという軽快さが魅力。

私もかつてエレキギター用に購入しましたが、ギターを使わなくなって以来、MS-2もお蔵入りとなっていました。

当時我々の間では「小さいマーシャル」として「小(こ)マーシャル」→ 「CM」などと呼んでいたことを思い出しました。

 

今回、PC用のアンプを探して出てきたこのMS-2、早速電池(9V)を装着して「PC用として使えるか」試してみました。

。。すると「なかなかいい音」。

元々がギターアンプなので、中域の音質はしっかりしている印象で結論は「使える」。

(ただし音楽用には音声が引っ込みギター音が強調されるので向いていません)

 

ということで、PCの通常使用に決定。

しかし、かつての使用時は常に持ち運びの電池駆動でしたので、ACアダプター(別売)は持っていません。

早速Amazonで検索すると、1000円以内で適当なものがあるので早速注文し、ACアダプター常時接続にて使用を開始。

何十年ぶりかの「CM」の再登場となりました。

 

現在、PCのオーディオ構成は。。

通常音声が上の「CM」。

 

これはPCからFiiOの「BR13」を介して接続しています。

いわゆる「USB DAC」ですね。

 

通常音声以外のオーディオ出力は。。

デスクトップ用にこれも古~い(今は無き)「ONKYO」のプリメインアンプ。

 

スピーカーは。。

FOSTEXの超小型バックロードホーン。

これを「BR13」からの切替で使用。けっこう良い音で鳴ります。

 

音楽アプリはフリーソフトの「TuneBeowser」。

 

これをUSB出力します。

 

通常オーディオには。。

DENONの「PMA-150H」。

こちらには「USB DAC」機能が内蔵されているので、PCから直接続します。

 

スピーカーはポークオーディオの「MXT15」。

実売2万円程度のスピーカーながら音質は相当なもの。

 

これを「Edifire」の格安サブウーファー(1万円台で買えます)を組み合わせます。

 

サブウーファーを低域寄りの控えめな設定にすることで、MXT15の中高域のピュアな音質を活かせます。

PMA-150Hも含めた組み合わせは文句無し。

古き “オーディオ機器の断捨離” を進めてくれた貢献者たちですw。

 

そのPMA-150Hはまだまだ現役ながら発売から7年を迎える機種。

今後は現在リビングでテスト中の中華D級アンプ AIYIMAの「A20」(2万円前半)+ SMSLの外付けDAC「PS200Pro」(1万円前半)に近々プリアンプ(2万円前後)のテストを追加するので、その結果次第(今のところ相当音いいです)ではメイン機器の入れ替えになるかもしれません。

 

古~い機器の再活用とともに(全て2万円台以下という)相当な安値でシステムを再構することができそうです。

 

これが今の時代の断捨離かな。。頑張って継続しましょう。

 

原点酒場の先達、山本さんにいろいろな「食」情報をご教示いただいたことは、これまでも書いてきました。

そしてその教えは奥深く、直接教えていただいたことのほか、その後に氏の著作で知ったことも一つや二つではありません。

その著作は氏とお会いすることがなくなってから入手したもので、その中には(前回の「金沢寺喜屋」のような)「ここも行ってたのか!」という店もたくさんありました。

 

この記事もその一つ。

心太で飲む泡盛

 

私は、「神谷バー」前で車を拾った。「三ノ輪文映の前」と言ったら、「もう、そんな映画館はありませんよ。いま、マンションです」と運転手に笑われた。泡盛屋の「亀嶋」へ行くつもりになっている。
「この『亀嶋』で、お通しに、小皿にはいったトコロテンがでたことがあった。トコロテンのお通しなど、ほんとに下町らしい」と、かつて、田中小実昌さんが書いていた、その店なのだ。
「亀嶋」ではお通しだけでなく、メニューにトコロテンがあるのである。トコロテンをつまみに泡盛を飲みたいなんて考えついたのは、久保田万太郎の俳句仲間であった増田龍雨の、「心根は元来は真夏の酒の肴。屋敷方の仲間などが、夏は焼酎のさかなに心太を喰った」といったエッセイの一節を、ふと思い出したせいである。

(「いい店 見つけた」より)

出典:お散歩写真のススメ(原康著)

実はこの店、私もかつて記事にしたことがある思い出の酒場なのです。

一部を再掲しましょう。

 

かつて東京の三ノ輪にあった「亀島酒場」です。

地下鉄日比谷線の三ノ輪駅から明治通りを泪橋方面に行かず、浅草方面(土手通り)に曲がってすぐの場所にありました。

 

自分が札幌に来た頃に閉店したと聞いていたので、もう20年以上になるのかな。。

店内はコの字のカウンターで、おばあちゃんが一人で切り盛りしていました。

かなり常連比率が高く、最初は居心地が決して良い感じではありませんでしたが、ちょっとした出来事から行きやすい店になりました。

 

ある時、自分の同行者が将棋の全日本クラスのアマ強豪で将棋の話しをしていたら、正面のカウンターに座っていた自称「三ノ輪の将棋名人」が話しかけてきて、結局その場で自称名人の挑戦を受けることになったのです。

もちろん同行者の圧勝だったのですが、それから一目置かれて常連さんたちにも歓迎されるようになったのでした。

 

それ以来、時々寄っては泡盛を「目玉焼き」でチビチビ。。

「目玉焼き」でお酒を飲むようになったのはこの店が最初だったかな。

当時はまだガラケーの時代で、料理や店の写真など撮る習慣がなかったので、この頃の店はほとんどが思い出の中なのです。

 

(札幌の「第三モッキリセンター」の「ハムエッグス」、これもいい!)

 

この店も自分にとっては “原点” に近い酒場であって、この字カウンターでの “チビチビ飲み” を覚えたのもここだったかな。。

札幌では上の写真の「第三モッキリセンター」が(規模は全然違いますが)少しだけその雰囲気を残しています(なので上の「ハムエッグス」でチビチビ飲ります)。

 

そうそう、山本さんの記事通り「ところてん」もメニューにあったんですよね。

(イメージです:これは伊豆で食べたもの)

 

正確には覚えていませんが、「目玉焼き」と「ところてん」が100円台だったかな。

そして暖簾にあるように「泡盛」が名物で、40度と25度(35?)があって40度が少し高いけど300円台。あと「黒糖焼酎」が200円台。泡盛は “3杯まで” という制限付きでしたね。

 

このエリアは「山谷」も近く、「大林」や「丸千葉」という名酒場があった(丸千葉は盛業中)ので、よく通っていました。

そういえば閉店しちゃった方の「大林」にも「ところてん」があったな。。

 

今回の「亀島」について山本さんと語り合ったことはありませんでしたが、後に著作を読んで納得。

そして亀島の扉を開けた瞬間、店内の常連客(ばかりでした)が一斉に振り返るあの雰囲気。。それにさえ慣れてしまえば、どんな店にも迷わず入れるようになる。

 

そんなことを覚えた “懐かしの酒場” でもありました。

 

よく居酒屋で「日本酒」を注文し徳利で提供される場合、その量が明らかに少ないことがあります。

 

馴染みの店(上の写真は「蕎麦 心空」)では、徳利の大きさをわかっているので、不満は無いんですが。。余りに少ない店では文句のひとつも言いたくなりますw。

 

良心的な店では、予めその量を明記していることもありますね。

これはその一例。

 

モユクサッポロ地下の「そばまえ」ですが、ここは「ちょい呑みセット」の日本酒のメニュー表記に「上川大雪 90ml」としっかり量が書いてあります。

ホンネは「一合飲みたいなぁ。。」なんですけどw。

 

その点「一合瓶」はいいですよね。確実に180ml入っていますからね。

例えばこれ。

「第三モッキリセンター」の「黒松白鹿」一合瓶。

 

最近ではAPIAの「そば処 つゆ」の日本酒が「男山」の一合瓶でした。

 

一合瓶って、けっこう飲み応えあるんですよね。

 

以前、お気に入りでよく通っていた店。

チカホ直結のニッセイ札幌ビルにあった「酔円」。

ここは燗酒が新潟の「越の白梅」でした。

この一合瓶が税込350円。

 

名物が「いか一夜干し」。

これを燗酒でチビチビ飲る。

これぞ “ちょい飲み” の典型!素晴らしい時間が過ごせました。

が、残念ながら数年前に閉店。

なかなか無いんですよね、こんな店。「他にも欲しいなぁ」って、いつも思います。

 

ついつい話が逸れましたが、「一合瓶の店いい!」ってことが言いたかったんですw。

 

日本酒はまだしも。。実は「紹興酒」、こちらはさらに問題が多い。

特に「熱燗」。

徳利で出されると、量は少ない場合が多い。

これも「ほろよいセット」の紹興酒ですが、明らかに量が少ない(店名は伏せておきます)。

 

さらに紹興酒の場合「えっ、お湯割り?」と思わせるほど、薄いものが徳利に入って出て来ることもあります(東京時代はザラにありましたねw)。

 

その点、ボトルで頼める店はいいですね。

 

この店では燗酒も自分で徳利に入れて燗を頼めました。

 

でも、さすがに “ひとり飲み” の場合はボトル1本ってわけにはいかないので、基本、馴染みの店でしか私は紹興酒の「燗」は注文しないことにしています。

 

私の最初の “先達” である「Y」さんこと山本さんからは先にも書いた銀座の名店「はち巻岡田」をすすめられ、料理の注文の仕方まで指南いただいたと書きました。

 

その後、よく話題に上がった店が同じ銀座の蕎麦店「よし田」。

(古い雑誌からの引用)

創業明治18年(1885年)という銀座では老舗の蕎麦店で、名物は「コロッケそば」。

「文春文庫 ベストオブ蕎麦 in pocket」より引用

「コロッケ」といっても、惣菜系のコロッケとは異なり、鶏の挽き肉に山芋と卵・ネギを加えて揚げた独特なもの。なので、コロッケのパン粉食感はありません。

少々珍しかったので、よく昼食時にいただいたものです。

 

当時の勤め先が同じ銀座の7丁目にあったので、会社の先輩方はこの店の常連ぞろい。

昼はもちろん、夜の “居酒屋使い” も日常的に行われていました。

当時の建物には2階(3階もあったかな)に簡単な個室が何室かあり、そこで宴会ができました。

宴会時には「板わさ・玉子焼き」などの蕎麦屋ならではの一品はもちろん、「刺身」に「焼き鳥」も定番。そして締めには「鴨鍋+そば」というのがお決まりになっていました。

 

なので、山本さんと「よし田」の話になった時は既にそこそこの馴染み客になっているつもりで話し始めたのですが。。

山本さんによると。。

「よし田で一番のおすすめは『湯豆腐』だよ。ぜひ一度試してみなよ」とのこと。

 

よし田で「湯豆腐」は食べたことがなかったので、後日早速訪問し注文。

 

写真は無いので、フリー画像ですが、イメージは ↑ のような感じ。

豆腐はもう少し大きくカットされ、その分数も少なめですが、真ん中にたれ(つゆ)が置いてあるスタイルでした。

 

見た目には「まあ、普通の湯豆腐かな。。」と思い食べたところ、これが旨い!

昆布の出汁具合と豆腐、そして蕎麦屋の “つゆ” を活かした「たれ」が絶妙でした。

以来、「よし田」での宴会の定番メニューに入ることになったのです。

 

その後、昨日紹介した山本さんの著作「いい店 見つけた」にこんなエッセイがあったことを知りました。

 

そば屋の湯豆腐

私は、そばと豆腐に目のないタチであるらしい。
そば屋で湯豆腐を肴に飲むなんてのは、もっとも気に入っている酒の飲み方だが、それとて、どこのそば屋でもいいというわけにはいかない。だいいち、湯豆腐がメニューにあるそば屋は限られている。それに、出来れば、椅子よりは、畳の方が好ましい。と、くると、私の知る限りで言うと、そんなそば屋は、銀座の「よし田」きり記憶にない。
なぜか、私は十月十八日(昨年)のことを憶えている。それは、秋になって初めて「よし田」の湯豆腐で一ぱいやった日だからである。その日は、接配よく仕事があいたので大井競馬場へ行った。幸運にも、かなりプラスになったので、新橋で女友達を呼び出して、「よし田」で飲むことにした。この店は、店内の一部が畳の部屋になっている。そこで飲んでいると女友達がやってきた。湯豆腐で飲んでいる客は意外と多い。
私たちの注文は、タマゴ焼き、やきとり、湯豆腐、ナス焼。「よし田」の湯豆腐は、本当にうまい。心優しい女友達は、私がそば屋で湯豆腐や玉子焼など、おかずばかりをほめるので、怪訝そうな顔をする。
「よし田」と言えば、二十数年前は、夕方の作家の溜り場であった。高見順、吉田健一、河上徹太郎、久保田万太郎氏ら、この店で顔を合わせた作家たちは、みな故人になってしまった。だが、私の銀座は、まだ、「よし田」から始まることが多い。

 

また、ある記述では。。

 

昔、「そば屋の湯豆腐」というエッセイを書いたら、うちは居酒屋じゃない、と叱られた。事実、そば屋の湯豆腐はウマい。
私は、銀座の「よし田」というそば屋でも、湯豆腐で酒を飲む。勿論、熱燗にして下さいとお願いする。ここの酒は「菊正宗」の樽酒。
それから、焼とりと卵焼き、それでおしまいである。帰りに会計をする時、「そばを食べなくて、すいません」とおばさんに頭を下げる。

 

こんなことも書いていました。

まさしく(蕎麦屋でおかずばかり食べてそばに至らない)今の自分を見ているようですw。

 

※ その後「よし田」は銀座6丁目に移転(2016年)し、昨年11月末には閉店してしまいました。

。。とても残念です。

 

かつて通い続けた一軒の居酒屋で出会った諸先輩方を「先達」として、それぞれのエピソードを記してきましたが、今回はその最初に登場した「Y」さんのこと。

 

その「Y」さんとは、この本を書いた方。

 

(光文社文庫:1985年刊)

 

以前、MY三大「食のエッセー集」として当ブログでご紹介したこともある一冊で、その編著者は文芸評論家の山本容朗(1930 - 2013)さんです。

山本さんは元角川書店の編集者でその後、文芸評論家として独立。

食通としても知られ、食に関するエッセイ本なども数多く著しています。

 

山本さんには前回書いた「はち巻岡田」をはじめ、数多くの飲食店を教えてもらいました。

スマホも無く、「食」情報の入手源も限られていた当時、貴重な情報・アドバイスをいただいたものでした。

それらについてはまた今度ご紹介しますが、ここで言いたいのは「情報源の信頼度」についてです。

 

今やネットには数限りない「食」情報があふれています。

しかし、その中で信頼に足るものがどれだけあるでしょうか。

なので、その選別には “情報源” としての「人」が重要になります。

つまり、“信頼できる人” を探す・選ぶということです。

 

この情報の選択方法は当時の行動が今でも役立っています。

つまり、情報源の「人」がすすめる店を実際に回って、その信頼度を確認するという方法です。

これはもちろん「好み」の傾向にも一致し、現代でいえば「食べログ」の情報に「店」側からではなく「人」側からアプローチするのと似ているかもしれません。

 

その信頼度では当時、山本さんの情報はピカイチで、店でご一緒したときにお話しを伺うほかにもその著作を随分参考にさせていただきました。

その一冊。

 

相当古い(1986年刊)本ですが、山本さんの「旅と食、店」をテーマにしたエッセイ集。

そのトップ、第1章が以下の書き出しでした。

 

屋川を眺めてつつく鰯の味


金沢には、金沢駅から、もしくは小松空港から直行したい店が二軒ある。一軒は近江町市場のなかにある「源平」という鮨屋で、もう一軒はというと、その店をこれから書くことにする。
店の名前をまず言ってしまうと、それは犀川大橋のたもとにある「てら喜」。木造三階建で、一階は魚屋、その奥の一区劃がスタンドの飲み屋形式になっていて、その部屋には少し狭いが追込みの座敷もある。また、スタンドの前面には、酒の肴というより、オカズが並んでいる。二階、三階は、畳の大広間でテーブルが、いくつか置いてある。窓からは犀川が見える。私は三階が好きだ。
「てら喜」は、なんと呼んだらいいのだろう。大衆割烹、食堂、居酒屋と、どれからも少しはずれている。しかし、要はオカズが似合う店なのである。
昨年(昭和五十八年)の晩秋、私は、この店で昼めしを食べた。といっても、めしでなしに、ただオカズをつつきながら、ビールを飲んだ。酒も飲んだようだ。酒は「萬歳楽」だったか。「福
正宗」だったか。

 

(犀川大橋と犀川の流れ:フリー画像)

 

この店については当ブログでも以前記事にしています。

 

 

「いい店 見つけた」を買ったのは山本さんお会いすることがなくなってからのことで、お店では

(山本さんとは)金沢の話には及ばなかったので、これは山本さん情報でなしに訪問したものでした。

しかし、これこそが「信頼度」の証明でもありました。

その後も山本さんとお会いすることはありませんでしたが、お聞きした情報や手に入れた著作などは以降、私にとって重要な情報となりました。

 

まさに徒然草の「先達はあらまほしき事なり」という一文が心に響き、残り続けたのです。