生まれてからダウン症と診断された娘ですが、

妊娠から出産までの出来事を記録しておきますメモ



結婚3年目に入り(当時30歳)、そろそろ子供が欲しいねと不妊治療を始めました。人工授精を数回試みるも授からず、仕事が繁忙期に入るので一旦不妊治療はお休みしている時に自然妊娠しました。


え、このタイミング!?


仕事が忙しくて、生活リズムも整ってないし、食生活は外食が多かったりで体調的には全然良くなかったのに、予想外でビックリ😂


発覚の前日、


「もし子供が出来たらどんな生活になるんだろうね」


と旦那さんがボヤき、


妊娠検査薬使ったらなんと陽性‼️

(我が娘空気が読める子なのでは説①)




出産は家の近所の産婦人科で計画無痛分娩で出産することに!



産院より頂いていたスケジュールでは、



右矢印13週 NTでダウン症のチェックします

右矢印15週 クアトロ・羊水検査は希望者のみです



と記載があり


NTは異常なしで、ハイリスク妊婦ではないと思っていたので、血液検査や羊水検査は希望せず。

(何だったらこの検査の詳しい情報すらこの時は知りませんでした)




20週での胎児スクリーニングで、


「赤ちゃんに酸素や栄養を送る動脈が2本あるべきところが、1本しかないですね。僕が見る限り異常はない様に見えますが、念のため紹介状書きますね。稀に合併症があるので」


単一臍帯動脈と言われ


同じ区内の大きな病院へ行くことに。



もちろんのごとく、

単一臍帯動脈と言われた時から私は検索魔になります!!!


稀にって・・・どれくらい⁉️

合併症ってなに⁉️

先生エコーで無言でじっくり長い時間見てたけど、本当に異常ないの⁉️



不安に襲われて数日を過ごし・・・





いざ大きな病院へ🏥


胎児診療科でじっくりとエコーで確認してもらうも・・・



異常なし!



良かったぁ〜と一安心





念のため私はここの病院に転院することに決断!


ダイヤオレンジ万が一今何も見つからなくてもこの先何か見つかる可能性がある?

ダイヤオレンジ出産時何かあったらNICUのある病院の方が安心

ダイヤオレンジ元の産院の先生が合わない。聞かないと教えてくれないから何がわからないかわからない!


成育での検査で異常なしだったから半分自己都合となり、予約金半分しか返金ならず。



でも、この判断が後々良かったと思うことになるとはこの時思ってもみなかったのです。。。




その後の妊婦検診でも異常なし。


在宅勤務といえどデスクワークでお腹が張りやすいぐらい。。。産休入ってからは改善




産休に入りのんびり臨月まで過ごしました星





入院バックも赤ちゃんグッツも準備が整い、名前の候補も出揃った日・・・

(娘空気が読める説②)



午後9時過ぎ、

突然の下痢と吐き気と胃痛に襲われます⚡️ゲッソリ

それに伴いお腹の張りが・・・



「どうしようこのまま陣痛がきたら・・・滝汗


病院に電話するも「産科というより内科のようですのでご自宅近くの内科にかかって下さい」と💦



救急で近くの病院に行くか悩みましたが、


腸の中身全部出しきって

吐き気と胃痛も治り


どうにか寝付けましたw

本当に何だったんだろう💦





そんな壮絶な日の翌朝8時


「お腹が痛い!」と目を覚まします。



もし陣痛だったらと思い、

速攻お風呂に入り🛁

陣痛バックに最後の物入れ

陣痛の間隔を測る。


まだ間隔はバラバラ。

病院に電話するも1-2時間様子見と。



ちょうどその日13:30から検診だったので、

入院バック持って検診へ!


NSTで陣痛が10分間隔になっていることがわかり

内診入る時には6分ぐらいw


「子宮口5cm開いてるのでこのまま入院しましょう」



ですよね笑い泣き痛いハズ!!



無痛分娩の麻酔が効くまで陣痛と戦い、

子宮口全開になるまで優雅に過ごし、

数時間後に無事に娘を出産しました!

(七夕生まれなので午後7時に生みたかったですが、午後8時4分の出産となりました😂おしい!)



陣痛が痛すぎて麻酔の針なんて全く痛くありませんでした😅そして前日の謎の下痢のお陰で便意を感じることもなく良かったです笑




生まれる時はLDRに7人ぐらい人がいて

「次で赤ちゃんでますよ〜」って

赤ちゃんを出すのに見守ってくれて

感極まりましたえーん


そして赤ちゃんの産声聞いて涙がポロリ

とっても感動的でした😭


落ち着いてから赤ちゃん見せてくれて、写真動画を撮ってもらい、私の上に赤ちゃんを乗せてくれました👶



その状態でビデオ通話で旦那さんと家族と話し、とても幸せな時間を過ごしました♡



赤ちゃんは呼吸が弱いのと微熱があるということでGCUで預かってもらい、私はお股の痛みと戦いその夜は終わりました。



「呼吸が安定しない」というだけで他に何も疑うこともなく、とっても幸せな時間を過ごしましたハート




生後2日の午後1時までは・・・






続く