護憲を貫いた人々から学ぶ(1) 宮澤喜一  | 私のおべんきょうノート(ma-windのブログ)

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 佐高信著「この人たちの日本国憲法」からずっとメモしたいと思っていた。

 

   

 

 戦争を知らない世代としては、戦争が彼ら護憲を貫いた人々の心に何を刻んだのか…、知るべきだと。今日は宮澤喜一元首相の章から、ところどころ抜粋…で。

 

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 宮澤は「ひとり」になることを恐れず、最期まで護憲を貫いた。1995年に出した『新・護憲宣言』(朝日新聞社)で宮澤は、利き手の若宮啓文に

「宮澤さんは護憲派とよく言われますが、ご自分でもそれでよろしいわけですね」

と問われ、

「いまの憲法を変える必要はないと考えている人間です。それには普通に言われていることのほかに、この憲法は書かれてから今日までの40何年間に裁判所ごとに最高裁がさまざまな判例を積み上げることによって、われわれの体に合うように運用してきたという大きな実績があり、そのことと併せて、これでやっていけると考えています

と答えている。

 

 中略

 

宮澤によれば、ある時、市川(市川房江)という「おもしろい人が」が国会の廊下で、

「宮澤さん、憲法改正なんて言うけど、これだけうまく運用してきているんだから、これでいいじゃないの」

と話しかけてきた。

 宮澤も同じ意見で、「こんなにうまく運用されている憲法をどうして変えなければならないのか、理解できない」。

「あの人はアメリカで生活した経験もあって独特のセンスをお持ちで、私は今でも忘れられません」と宮澤は市川について付言している。

 

中略

 

 宮澤が1965年に出した『社会党との対話』がある。異なる立場の者との対話を忘れないリベラルの面目躍如たる本である。冒頭の佐々木更三社会党委員長(当時)への書簡で、

「私共は社会党を議会主義政党と考え、新憲法下の民主政治の運命を相共にになう責任を分かち合っていると思っております」と書いた宮澤は、

「私共保守党の者は、なにも社会党に政権を譲りたいとは思っておりませんけれども、一つの党があまりにも長く政権を掌握することは、人心が倦む原因にもなります」と踏み込んでいる。

ここでも宮澤は「私は今の憲法で我が国は結構やってゆけると思っており、したがって、憲法改正には賛成でない」と明言している。

 

中略

 

もちろん、保守党内にもいろいろな考え方があるので、宮澤の私見として言えば、20年近く続いている憲法を改める必要はない、と強調している。この憲法の主人は国民自身であり、「国民」が「憲法」を使うのであって「憲法」が「国民」を使うのではないという指摘ももっともであり、安倍晋三がトップの現在の自民党では、宮澤の主張が主流ではなくなったことが残念である。 改正の要なしと、終生その護憲の立場を貫き通した宮澤は『社会党との対話』で、こうも言っている。

「大切なことは、かりに、国民の90%ぐらいが、どうもこの部分はよくないから改めよう、というのならそれもよかろう。しかしいやしくも改正すべきかどうかについて、世論が、6対4とか7対3とか、そういう別れ方をしそうな場合は、改正すべきではあるまい。国の法律のいちばん基本になる憲法の改正を、数の力で争う場合に生じる国内の分裂を考えただけでも、それだけの労に値しないことは明らかだと思うし(安保騒動の場合を考えればわかる)、かりに押し切って改正が成立しても、そのような経過をたどった改正は、その後の国民生活に到底定着しないであろうと思われるからである」

 

中略

 

宮澤の護憲も革新系の「安保反対、憲法擁護」ではなく、「憲法の抑えがあっての安保」で、日米安全保障条約を認めての護憲であり、それについて中曽根は、冷戦下に「安保は結果的に、護憲の効果も持った」と言い、憲法は長期目標で、「保守にとっての貞操帯みたいなところもあった」と述懐している。

 とするなら、安倍がトップの現在の自民党は「貞操帯」をはずそうとしていることになる。

「私の意見は非常に簡単なんで、我が国はどういう理由であれ、外国で武力行使をしてはならない。多国籍軍なんかでも、どんな決議があっても参加することはできないと考える」

 こう繰り返す宮澤は、戦争体験のない人たちが、よその国はみんな軍隊を持っているのに日本だけが持っていないのはおかしいじゃないかと言ったら

「それはおかしいかもしれません。しかし日本は軍隊を持っていて、過去に大変なしくじりをしてしまったのだから、もういっぺんそういうしくじりをしないようにしないといけない。だからなるべく持たないほうがいいですよ」と答える。

「いや、もう絶対しくじらないからもういっぺん持とうじゃないか。あなたの言うことはあつものに懲りてなますを吹いている」

と更に迫られたら、宮澤は

「ああそうかもしれない。でもドイツのように賢い国が二度も間違ったのですよ。そして、その人たちは今度はそれをもう繰り返さないために、ヨーロッパの統合をやっているんだから、そこはよく考えてくださいよ」

と返し、

「そういう国を今度つくるとすれば、あなた方がそれをやるんですよ。あなた方が兵隊になるんですよ。いいですね。他人のことじゃないんですよ

と付け加えるという。

「九条というのは、過去のそういう過ちが身に染みていることの証として、置いておいたほうがいいということですか」

という若宮の問いに宮澤は、

「いや、というよりは憲法をいろいろ改めることにメリットがあっても、そこからくるデメリットってものが、極めて近い過去にあったわけだから、そこはよく考えてくださいよと。こう言ってるわけですね」

と答えている。

 宮澤は、この憲法を維持できるかどうかは、周辺国の我が国に対するこれからの態度に非常に影響されると指摘し、こう提言する。

「それらの国も、日本がこの憲法を変えて今までの進路を改めるのかどうかによって、今後の対応が変わってくる。つまり、私は我が国の周辺国が日本を敵視するような道を歩いてほしくないと思うから、我々がこちらから刺激する必要はないと思いますね」

 改憲は周辺国への敵視に通ずるということだろう。

 宮澤は中曽根の「首相公選で今の憲法を根本的に変えよう」という提案にも反対する。

 国の内外に危機感があると憲法改正の世論が強くなるが、「有事」のために首相を大統領にしたら問題が解決するとは思えないと宮澤は言う。

 

------------- ここまで

 

 宮澤さんは、過去の失敗を二度と繰り返さない…と。あの戦争の悲惨さが骨身に染みているからこそ、多くは語らずとも、断固として二度と戦争をしてはいけないし、その道筋を作ることに強い警戒感を示している。人間の愚かさもよくわかっているのだ。ここではメモしなかったけれど、文学にも漢学にも通じ、そして英語も堪能であり、知性と教養のあふれた懐の深い人だったよう…。

 この他に興味深い話として、中曽根さんの話があった。中曽根さんといえばタカ派だが、その彼が自民党の総裁選において、自分の所属していた河野(一郎)派が支持していた岸信介に票を入れずに、対立候補だった石橋湛山に入れたという。石橋湛山は「平和憲法を高く評価し、冷戦初期の一時期を除いて、護憲の立場を鮮明にし続けた政治家」であり、宮澤が傾倒していた。

 それはなぜか…。岸は戦争に責任のあった人であり、「我々はあの人たちの命令で戦争に駆り出されて、第一線で命がけで働いてきたんで、その責任を不問に付すことはできない」という葛藤が中曽根さんにはあったという。戦争はそれぞれの政治家に暗い影を落としている。

 

さて、高市さんは過去の戦争について反省していないと言った。

 

 

そして、日本国憲法前文をおめでたい一文と言った。

 

 

 

 

あまりにも想像力に欠け、共感力に欠ける。そして、歴史に学ばない姿勢は非常に危うい。