マスクの集合意識 | 私のおべんきょうノート(ma-windのブログ)

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何でも自分で調べて、自分で考えよう。
本でもブログ記事でも、丁寧に読み込むことで新たに見えてくることがある。そういうものを少しずつメモしていこう。
分野は多岐にわたります。

 これはすごいと思うんだよね。もう、右を向いても左を向いても、みんなマスクして歩いている。一人で車を運転する人も、一人でバイクや自転車に乗ったり、一人で歩いている人も走っている人も…。

 

 まあ、そもそもコロナウイルスは無いって私は思っているけれど、もし、仮にあったとしても…、一瞬ですれ違う人に感染させることあると思う?感染させられることあると思う?何のためにマスクをしているの?

自分がウイルスをまき散らしているかもしれないから?でも、ほとんどの人の周囲にコロナにかかった人いないでしょ…。

 

 これだけ多くの人がマスクをしているというのは、1つの大きな集合意識を作ると思う。それが日本だけじゃなくて、世界中ってどう?これはすごい集合意識を形成するのではないだろうか。コロナウイルスこわい。コロナウイルス感染を食い止めないと…四六時中そんなメッセージがあちらこちらのマスクから発せられる。これはすごい集合意識だと思う。

 

 私が外に出るのが億劫になったのは、そんな街の光景が見るに堪えないからだ。満面の笑みと言う言葉があるけれど、マスクはそれを半分にしてしまう。いや、おそらく半分以下だ。

 

 いつも、勉強させていただいているWalk in the spirit さんのブログ

マスクの聖書的意味「SIN」 の記事では、マスクは服従の印であり、健康にもよろしくなく、そして聖書の意味で見ると、

 

 (​セレステ女史の"Unmasking Wickedness"から、)

 

覆い隠す、隠れる、閉じこもるとは、
人の本質(罪性)の現われ、
​​
犯罪者(姦淫者)は特に、
​​
政府(NWO)がこれらを強制しているのは、
あのアダムとイブよろしく、堕落した人間の姿に、
そして、犯罪者らしくしてしまえと、

自粛やマスク/隔離とは、
原罪の人間(救われる前)が好む行動パターン、​

いまだにマスクをしている人が後を絶たず、
むしろ、バリエーションが増え、盛り上がっているのを見ると、
​​

​​
この解説は実にナットクがいく、
​​
またセレステ女史は聖書にあるmaskの同じ意味として、
cover(覆い)、disguise(偽装)、disassemble(分解/解体)、
masquerade(仮装/変装)、snare(​罠)を掲げ、
​​暗闇のわざと如何に繋がっているかを解説、
 
  中略
 
たかがマスクと侮るなかれ、

マスクはあるべく人間の姿の否定

 

なのだとか…。興味のある方は上記記事をご一読あれ。

 

 なるほど…それで、私はマスクがあふれる街の光景に嫌悪感でいっぱいになるのだ。そういうわけで、私はお店に入る時以外はマスクはしない。(お店の中で心配そうなお年寄りを見ると、やっぱりマスクしないわけにはいかない…。心配させたら申し訳なくて…)

 

 あ、マスク姿の政治家さんたち…彼らも何かに服従しているということ。百合子ちゃんみたいにエレガントな生地で作ったマスクをしていても…それは一緒。逆に、わざわざ凝ったマスクをしているのを見ると、

これ、まさに「奴隷の鎖自慢」だわ...と思ってしまう。

 

ね、そろそろ、マスクはずそう。

 

追記

集合意識についてはこちらの記事を参照

集合意識が動かすものもある…。だから、不幸のたねには囚われない。