事前に オンタイムで と焦ってるうちに帰省が挟まり
今朝2時に読了
結局こういう時間帯にしか読めない私 もう仕方ない

事前に読み始めた時は あぁもうこの手の小説は
無理なのかもしれない とすぐ閉じてしまったのだけど
昨晩は捗った 最後まで読まないと気が済まなくなった
何年に出版されたんだっけ こんな小説が
はるか昔?に書かれてたってのがまずスゴイよなぁと
元学生らしくない感想を抱いてしまうオチコボレ

しかし 少し前ならビンビン突き刺さって来てたかもしれない
何かを感じ取る力は確実に薄れてしまっているようで
「論点」を言葉にすることすら今はままならない
情けない でもこれが私の現実と受け止めた方が良さそうだ

12時間経って 私らしく? 自分に引き付けて考えるとすれば

こんな風に人を好きになったことがあっただろうか
そもそも 人を好きになるという感覚が鈍って来ている今
登場人物の心情にどこまで近づけるかも怪しいのだけれど
その感情というか 心の 肉体の 細胞の 動きのようなものが
最終的に めぐりめぐってと言うべきか
自らの命を奪ってしまう そのことを
私自身の問題として深く追求していくことは
今はかなり難しい 感覚的に追いつかない 細胞が老いた

でも そういえば その手の話については
私は 負の体験 負の記憶 しか持たない人間なのだった
客観的にはそう映らないかもしれないけど
主観的には 間違いなくそうだった 「不毛」だった
それならもっとマジメに取り組むべきなのかもしれないし
Kのように真面目になり得ない私には無理なのかもしれない

言い訳がましいが 子を産んでしまった後では
なぜKと先生は自らの命を奪ったのだろう という問題に
正面から取り組むことは不可能に思える
生きるべきではなかったのか と真っ先に考えてしまうから
これはもうどうしようも 変えようがないように思う

大学生の時に読めば良かった と何度も思った
そういう件がいくつもあった
この作品にハマり 「正しく」読むことが出来ていれば
学生生活も その後の人生も
いくらかはマシになったかもしれないのに 残念

Kの「負の体験」を もっと若いうちに
疑似体験として自分に取り入れていれば
私はもっと人に「正しく」接することが出来たのではないか

授業に参加できる水準には指先すら届きませんでしたが
久しぶりに 本読んだ! という気分になれました
精進します


読み始めてしばらくして あれーあたしこれ読んだことあるー
しかし話の先がまったく読めない 読んだことあるんじゃないんかい?
結局最後までそんな感じ ここまで忘れてしまうもんかね

単行本で字も大きくページ数も少なく
スピード上げてめくってしまったせいもあるかもだけど
テーマもストーリーも まったく引っかかって来なかった
今調べたら最近 と言っていいのかわからないけど
今まで読んだのと比べると最近の作品らしく
2章でギブアップした『1Q84』の5年前 と知ると
なるほどね と思ってしまう


「いっしょにあそぼー」攻撃は長く続かないとわかっていても
心身が乗らない時は厄介でしょうがない
昼寝の添寝にこれの残りを読み始めて
読み聞かせをせず 自分の本を一人で読むなんてことは
まずしないのだけど
「読書の邪魔はしないで」とピシャリと言って読了の後
私も寝てしまった

違うクーポン持ってたら20%UPだったんだけど仕方ない
10%UPした差がどこにあるのかわからないが
イメージ通りだったので満足

客席でなく舞台上がお疲れモードって珍しい
昨日何かあったのかね
演奏には影響ないところがスゴイけど
サッカーのみならず「どこ観てんの?」炸裂

それが気になってしまうんで 今日は もう昨日だけど
君様が演奏してる時は君様を観て聴くことに没頭した
いくつもメロディがあるってスバラシイ だからバッハはイイ

帰り際 お友達に会えておしゃべりしてたら
有料プログラムを買わない私に 旦那様が
名古屋公演のことを教えて下さった
もう1年経つんだ 早い ってまだだいぶ先だけど
帰るコールのついでに 「名古屋行っていい?」と聞いたら
今回は3日連続ではないので許可は下りそうなフインキ
でも直前の平日夜に初台が入ってるので
息子の表情が微妙かもしれない

駅から歩いて帰る時
ひとりになることの有り難さと大切さとを痛感した
いつもの役割を全部下ろして ひとりの女として
好きなことやって帰って来る という自由は
いつも私の周りにいる女性達にももちろんあるんだろうけど
私は 私なりの「質」を保ちたい その「自由」の

すんなり下がるかと思った息子の熱が帰宅後また上がり
悪化した発疹を見たら 腹くくるしかなくなった 医者行き


この日のうちに! という締切 もとい期限の間に
うまく読み切ることは出来たのだけど
考えたことを書こうとするともやもやと逃げてしまうというか
そこまでハッキリとしたものが見えて来なかった

『ねじまき鳥』の時は こちらも超難解だったけど それでも
皮(皮膚)1枚むかれたら肉の塊になってしまう人間の
その内側にある重さ 深さ 残酷さ 得体の知れなさ などが
とても興味深かった

『世界の終り』では 同じ人間の内部でも
脳の中という ミクロのミクロのそのままミクロ みたいな
突き進み方だったんだけど
「ハードボイルド・ワンダーランド」のハードボイルドさ?と
「世界の終り」の世界観とのつながりを
正確に理解出来ないまま終わってしまった
二度目には 「あっ ここにこんなことが書いてある」という
拾い直しはいくつか出来たのだけど

「世界の終り」の有り様が 「僕」つまり「私」に限定されたもの
という書かれ方だったからかね
人間にとって普遍的なものとして書かれていたら
私の受け取り方が変わったかもしれないけど

なるほど~ だから図書館なのか ふむ~
みたいなガッテンもなかったし 読み方を間違えているのか

それでも 今の私には とてもおもしろかった
浸り過ぎて戻って来られなくなるほどではなかったけど
いいタイミングでいい作品を読めたと素直に思う


歳を取るにつれて時間の流れが早くなるのは当然として
子供を持つと それが一層加速するのが最近とても怖い
先が見えるからだと思う
子供の生活は時間を 日 週 月 年 を
しっかり自覚していないとやっていけないから
自分ひとりの生活なら 時間の感覚は
どうでもいいっちゃあどうでもよくて
あっという間に時間が過ぎることは
親としての人生では正解なのかもしれないけど
私ひとりの人生として考えると とてもとても恐ろしい

「悪魔の三歳」をどうやら超えたらしい息子とは
この4年間の後悔の穴埋めをすべく
私の考える「良き親」として付き合って行きたいけど
ミクロ的には そううまくはいかないもんで どうしたもんか


日付が変わるまでの2時間内で読み切れた なかなか達成感

丁寧というか 緻密というか
又吉さんの書く姿勢と同じように私も読もうと思って
珍しくちゃんと読んだ つもり

それと お笑いを観る時の私の観方というより
姿勢が いくらか変わるし 変えなきゃなと思った

ただ 私が勝手に想像していた何かとはちょっと違った
うーむ ちっともわからん と悩ませて欲しかったのかもしれない