
まだ10日か まだ春休みだったんだな 塾の後 そうだ うどんでモメてイライラしたんだった
せっかく天神さま行ったのに うどんごときでイライラして バカみたい
ヨハネよりはドキドキバクバクしないで座っていられたけど
マタイは長い分 演奏中にいろんなことが起こる 自分の中に
始まってしばらくして 君様はじめ 長い時間 膨大な努力を重ねて
その結晶としての煌めきを演奏している皆さんを眺めながら
自分の抱える「闇」が何であるかを はっきりと自覚した
あれこれ齧りながらどれも長続きせず文字通り空っぽ という意味の「闇」と
それとは異なる 十代の頃から引きずる かつて「穴」と表現した「闇」
しかもそれは 埋めるのに他者を必要とするため ずっと「闇」のままなのだと
この「闇」を隠すため 私は長いこと仮面をかぶっていたことを思い出し
その仮面は形を変えて 結局ずっとかぶったままじゃないかと気づいて
情けなくて泣けた
いくら歌詞の予習をしても 私は「声」を「音」として捉える方が好きみたいで だから
マタイ受難曲の内容自体に反応したわけではない それが出来るほど理解していない
君様が同じ空間にいて 今まさに素晴らしい音色を奏でていても
楽曲のテーマとは全く関係ないことを考えてしまう癖が なかなか抜けないのだ
そのうち 君様が主旋律を担う辺りからだったか
純粋に音楽に没頭できるようになった
私は何も長続きしないけど 好きな音楽はずっと聴いていられる
今そこで指揮をしている優人さんが バッハは全ての楽器に同じ重みを持たせて
曲を作ったんです というようなことを福島でおっしゃったのだけど
それはすごくよくわかる それが私がバッハをおもしろいと思うところなんです
逆に バッハじゃなかったら 君様のファンにはならなかったかもしれないよね
だから主旋律っていうのは間違ってるな とにかく君様が目立つ辺り
もちろん私が楽しみにしていた箇所が始まって そしたら
君様が とても素敵な「飾り」をつけてくれた
雅明さんがネックレスとかイヤリングとか言いながらチェンバロを弾いてたけど
まさにそういうもの 普段はあまりつけないんじゃないかな と思うような
こういう「飾り」が来ると どうしてもニコッと と書きたいところだが実際は
ニヤッとしてしまう 色気ないなぁ でも 思わず笑顔になってしまうということで
そうなると 「闇」だの何だの もうどうでもよくなって
前回までの見えないマタイでここをどう演奏していたかは忘れたけど
今日 こんなかわいらしいキラキラの飾りを私にプレゼントしてくれた と思ったら
幸せ過ぎて ホント もうどうでもよくなった
もちろんそれは 私へのプレゼントではないのだけど
会場にいる人みんなへのプレゼントなのだから 私だって受け取っていいよね
それからは マタイ受難曲を素直に楽しめた
長いのだけど 最後の曲になると あぁもうすぐ終わってしまう と寂しくなる
この「闇」を埋めるためなら誰でもいい
とはならなかったところが 私の良いところであって
その良さと いっこうに消えない「闇」を抱え隠し続ける苦しみとが
このめんどくさい私を形成しているのだから もう引き受けるしかないよねと
読み込みが充分ではなかったけど 『夜と霧』を読んだ後だから 言える
来年からのマタイは もう1枚チケットを買おう
いつだれがどうなるかわからなくなった今 聴こえるのに見えないなんて悲し過ぎる




