
ノート書く時に要るからってパンフ買わされるのはいいんだけど
ちゃんと書いてよ~ まだ書いてないじゃん
夜に書くのはやっぱダメだね あんなタイトル付けちゃってさ
書こうと思ってたこと 完全に忘れてるし
マタイを聴きながら思ったのは
すべてはとても個人的だ ってことだった
一流のオーケストラが演奏する素晴らしい大曲であっても
すべては 今ここで聴いている私の個人的なものであって
一流だからこうとか この楽曲のここはこうとかいうのも
結局はすべて 個人的なものに過ぎないんだよな って
だから すべては私が決めることなんだから
私が嬉しいと思ったことや 幸せだなと思ったことは
その源が どんなに派手な勘違いであっても
嬉しい 幸せだ って受け取ってしまっていいのだ
そして そういう瞬間を贈ってくれた人
同じ空間にいる人かもしれないし
いても目には見えない存在の手助けかもしれない
そういうすべてに対して 心から感謝しなきゃね
なんてことを考えながら 3時間を堪能していたのだった
息子が隣にいると この「個人的」になかなか入れない
いろんな意味で 息子は自分の一部であり
社会の一員としての自分が 表出せざるを得なくなる
マタイの後だったこともあり この日の2時間は短く
浸り切ることが出来ないまま 終わってしまった
それでも 幸せなことはちゃんとあって
これもまた今までと同じ派手な勘違いかもしれないけど
勘違いにしては出来過ぎで
私が喜ぶように取り計らってくれている誰かがいるのか
嬉しいを通り越して 感動し ちょっと泣けてしまった
息子が引き寄せる というより 単に
食事をして帰り時刻が押すからってだけだけど
息子と一緒だと 実によくニアミスをする
今回は無しで! とお願いしてたのは叶ったが
なんとマエストロご夫妻に遭遇するという
特大サプライズが発生
私ひとりだったら気付かぬ振りだったが
息子がいると無駄に大胆になる卑怯者で
背中を押したところ すんなり突撃して行くところが
我が息子ながら偉い とはいえ
何を聞かれて何を話したか ほとんど覚えていなかった(笑)
さすがに緊張してたのかもね
すごい方々というのは やっぱりすごいだけの理由が
あるんだなって痛感した 何かが全然違った
私が気にしていたことなんて 全く気にすることない
ちっぽけなことだったなって 反省もした
ついに社会の空気が動き出した
公演についてのあれこれは
元に戻るのか 変わった状態が通常になるのか
元に戻ったら 私はどうするだろう
元に戻るのか 変わった私になるのか
今は わからないな
そもそも 私は どうしたいのだろう
いつかみたいに 息子をダシにするという
ズルもやるだろうし
結局なんだかんだで 自分は変われないというね
これこそブロックってヤツなのかもしれないけど
なんでもかんでも 壊せばいいってもんじゃない
そう言いながらも
なりたい自分の姿は 本当は見えていて
とても限定された状況でしか現れないことも
一生現れないかもしれないこともわかってるけど
それは自分で決めて生まれて来たことらしいから
しょうがないよね
今回も素敵でした もっと聴きたかったけど
来月にとっておきます 楽しみにしています
幸せな時間を ありがとうございました


