さすが3年目にもなると慣れたもので

途中一瞬へたった時もあったけど

最後までしっかり聴けるようになった

ノリノリで 時々踊りながら聴いてて

どうしようかと思ったけど そのままにしといた

説明する都合 私が知らないとどうにもならないので

充分に予習したことが 私にとっても大変大きかった

諸々 息子に感謝デス

 

事前にいろんな演奏を聴いていたのだけど

そのどれよりも 本当にすばらしかった

壮大で 繊細で

よくまぁこんなにピタッと合わせるよね と

名演奏家集団に向かって言うことではないけど

とにかく 演奏も合唱も大変すばらしく

正直いつもはそんなに力を注いで聴かない

ソリストの方々の歌声も 本当にすばらしかった

すばらしいすばらしいってアホみたいだけど

すばらしいとしか言いようがないんだもの

こっそり 激しく感動しながら聴いていた

 

激しく感動しながら

ここにいる方々のように

何かに特別に秀でて 一線で活躍できる人を

本当に羨ましく思い

そういう人生を歩めなかった自分

物事を突き詰められない 熱しやすく冷めやすい

すぐに結果を求めて 辛抱して修めることのできない

自分の存在価値を見失いかけた

 

何より 皆で音を重ねてひとつの音楽を作る

という作業が とても尊く とても羨ましい

私は 一度も無いというわけではないけど

そういう経験と感動が少ないように思う

せめて音楽くらい 独りでなく

誰かと作り上げる選択肢が欲しかったな

独りは自分で選択したことなわけだけど

 

そういう意味では 学校という場は

良くも悪くも チャンスを与えてくれてたんだな

そういう経験も感動も 掘り起こせば

学校生活の中で 得ているもんね

 

そうはいっても

なら今すぐいなくなれるかって聞かれたら

それはとても惜しいわけで

 

少なくとも

この音楽を心からすばらしいと思い

この周波数を身体で受け止められることを

幸運だと思い

それらを息子と一緒に味わえていることを

幸せだなと思えるだけで

ここに存在している価値は充分にあるんじゃないかと

後半は自分を慰めながら聴いた

 

 

一番切ってはいけない時季に

一番切ってはいけない長さにしてしまったことで

私の身体コンプレックスは三十年巻き戻り

四六時中 髪のことで落ち込むようになってしまった

渋谷の街を歩いている時より

コンサートホールの舞台上の女性陣の

きらびやかな姿を眺めた時の方が なんというか

自分のダメさ加減にぶちのめされるというか いや

比べるのもおこがましい それは充分わかっている

 

それでも 薬剤で強制的に髪をコントロールすることは

もうやめたい それがラクなのはわかってるけど

どうしてもやめたいんだ 理由はわからない

 

老いを受け容れられないのは

自分に自信が無いから

今 理解した そうだ

 

なりたい自分が過去の自分というのは

この先なかなか厳しいかもしれないな

君様みたいに 常に今がベスト というのは

男性だから成せる業なのかもしれないけど

女性性にだいぶ欠けてる私としては

一般論に振り回され過ぎないようにしながら

自分らしさを模索し続けるしかないのかもしれない

精神年齢だけではどうにもならない段階に

遂に来てしまった ってとこかな

 

次まで2ヶ月ちょっと それまでに

好ましい自分に近づく努力をしてみよう

憧れの人がいるというのは

苦しくもあり その百倍くらい 幸せでもある

 

いずれ 若返らせてもらえる日も来るだろうから

その時は なりたい自分にならせてもらいましょう