BWV100 確かこの曲だけ君様(の楽器)がひとりで出て来て
期待通りのソロ炸裂 時間が止まればいいのに でも
時間が止まったら音楽も止まってしまうんだよね
音楽って 今この瞬間に耳に聴こえてる音より前の音は
既に消えてしまっているのに 聴き手はそうは感じないで
ちゃんとひとまとまりとして捉えられるのはなぜなんだろう

カウンターテナーのアリアは君様のソロで手一杯で泣けなかったが
その前のソプラノのアリアの時に
こんだけ美しい曲なんだから やっぱり歌詞の意味を理解してないと
きちんと味わえないよなぁ と思い でも以前
「別に歌詞の意味はわからなくてもいいのだがね」と
恩師に言われたことを思い出し
どうして意味がわからなくてもいいのでしょうか と
聞き直したいのに聞けないことが猛烈に悲しくなり 少し泣けた

聴いたそばから消えていく音楽というものについても
こう感じたんですけど と訴えて
その何倍もの膨らみで言葉が返って来る という楽しい体験が
もう出来ないことが猛烈に悲しい 書いてて泣けた


BWV180 正確な名称は忘れてしまったけど 縦笛にもっていかれて
私は140より好きかなぁ と「影響」される前はなんとなく思ってたけど
今思うと 今日みたいな って今日は暑過ぎるけど
五月晴れの爽やかな空気によく合う選曲だったんだなぁ
右サイド4人の掛け合いというのか 今聴き直しても楽しい


BWV140 予習の段階ではそれほど…と思ってたんだけど
休憩中お友達の旦那様から「140は名曲」と言われ
聴いて納得 なんつー相変わらずの影響されやす過ぎ
でも有名なフレーズが入ってることもあって
どこを切り取っても素敵というか可愛らしい感じがして良かった
まず君様のソロがあるのがイイ ソロは絶対欲しい はは


前が消えてくって意味では 読書も同じかもしれないけど
幼稚園が始まって忙しくなった分 何もしてない感が増し
それでもまとまった空き時間が出来るようになったんで
だいぶ分厚く難航してるが ちょっとずつ本を読むことにした