花束の向こう側は見ないことにしよう
自分でそう決めてたんだった
無事着地した後
私にとっての 人を好きになるということが 相変わらず
変なカタチというか 幼稚というか
とにかく やっぱフツウじゃないよな と思った
相手の どこを なにを どれくらい 把握すれば
自分は 満足するのか
相手の どこを なにを どれくらい 掌握すれば
恋愛は 成就したといえるのか
どこ や なに に
夫 や 父 という属性は影響しないはずだったのに
私自身が
妻 と 母 という属性に馴染み過ぎてしまったのか
今更ながら 法的な契約の拘束力の強さに驚く
行動だけでなく 気持ちの面でも
それは強力なブレーキとなり
何かをさっさと諦めさせてしまう
ブレーキというより 麻酔といった方がよさそうだ
私の考えるフツウとは
子を生してますますそう思うようになったんだけど
至極単純で
なんというか 身体メインというか
少なくとも 私みたいなアタマでっかちじゃなく
もっとシンプルな
もっと本能的な といってよいのかわからないので
もっと肉体的な
ただ 私に限っては
アタマでっかちでよかったのだ と思うことが多いのだけど
でも もっとバランスの取れた
アタマとカラダとのバランスの取れていただろう
人生のことを考えると
せつなくなる
君様のカテイでも
私が今体験している出来事や時間が
1年先送りで おこなわれている
という事実は
諦めと 妙な安堵と 少しの期待と
何かを期待するところが私のバカなとこだけど
とにかく 悪くはない
同時に
私が花束を贈り始めてからの時間が
君様にとっては まったく別の意味で
花束に囲まれたような毎日だったことを
それを私が体験する 1年前倒しの
そのことを考えると やっぱり
せつなくなる
不思議なのは 本当に不思議なんだけど
もし来年以降 同じチャンスがあったとして
話したいと思うのは
奥様と フライブルクについて なのだ
君様とは 残念ながら
何を話したいのか まったくわからない
奥様に近づくというのは 場合によっては
非常に姑息な手段と取られかねないことなんだろうけど
そこまで大胆になれたらこんな苦労してないわけで
そうじゃない ただ話してみたいことがある それだけ
その人とも
何を話したいのか わからなくなってしまった
あなたと何を話したいのかわからない なんて
言ってはいけないことだろうから言わないけど
どんな話題なら楽しく話してくれるのか
今の私の中は つまらないことだらけに思えて
その程度の関係なのかもしれないし
以前感じたように
恋愛というものは
言葉を必要としない むしろ
言葉が邪魔になるものなのかもしれないし
でもやっぱり
次も花束を贈ろう
そういう伝え方が許されているのだから
知りたい欲求を制限するのは
ちょっぴりつまらない気もするけど
恋愛とはそういうものだと
そうしないと壊れるものだと 思えばいい
でもいったい
その人には
なにを贈ればいいのだろう