目が覚めた 地震でも来るのかと思ったら火事の方だったらしく
消防車のサイレンがすさまじく 災害無線まで流れてた
子供が出来ることで 近くなる関係も 遠くなる関係も 両方あるだろう
ずっと一定のまま変わらない関係なんて方が稀で
ないこともないんだろうけど ごくごく稀だろう
ひとつかふたつ あればいい
書き残すべき媒体いっぱいあるんだけど
ぜんぜん書けない ブログでさえ
書き残すべく書き綴って行って
それが途絶えてしまう事態を
恐れているのだろう
私がいなくなった後のことを考える 正しくは 想像する
タイミングによっては 私のことは早く忘れて と歌うべきなのだろうけど
そこそこ適切な時期であれば やっぱり
憶えていて欲しいし 思い出して欲しいし
私がいなくなって寂しい 悲しい と思ってもらえるような私でありたいと思う
二度と味わえないかもしれない自由な時間を過ごしてることはわかってる
でも そんなのも所詮まやかしかもしれなくて
今だから 今こそ みたいな強い気持ちは持てない
何をやっていいかまったくわからなくなってるというのもあるし
ドイツにいた間と同じだと思ったんだった
とにかく無事に 帰ること 戻ること
それだけを目指して 食べて 寝て
とにかく今も それだけを目指して
その気になれば なんでも いつでも 取り戻せるだろうし
私がいなくなった後のことを想像する時
そこに子供はいない

ドイツ語を学び ドイツに行き 得たものは 価値観というか 考え方というか
子供という存在の捉え方が 欧米では 敢えて米も入れるが まったく違う
私自身がそこまで独りで立てるとはとても思えないが 今もう既にそうじゃないし
でも
私がいなくなった後のことを想像する時
そこに子供はいない ということこそ
ドイツ語を学び ドイツに行き 得たもの のひとつ なのかも