酔った状態で書くの控えよ みっともない
でも あんな酔うかね やっぱどっかおかしいのかなぁ
首藤の最期 予想通りの凄さだったけど あれって
自らを罰した ってことかなぁ
弥勒は
自ら手を下し 法によって裁かれる
首藤は
自らは手を下していない よって 法によっては裁かれない
国外での話
国内ではやってるけど その件について彼は何とも思ってなくて
国外でのことだけ反芻されていたので 私はそう解釈する
原作について誰かが言ってたことそのままあてはめて
首藤は弥勒の裏返しとすると
自らの罪を認めて法によって裁かれるのが
人間らしい? 正しい? やりかたで
自らを罰する(=自殺)というのは
正しくない??
違うなぁ 言われているのは
自らを罰するのではなく
罪を償おうとしろ ということか 償いって何だって問題もあるけど
ひとつ前の「推定有罪」が見え隠れするところも興味深かったけど
弥勒のように叫ぶことは
私には出来ないし許されない
私は動いてはいけない
ダイヤモンドで固めてしまえばいいと改めて思ったけど
なんていうか 人は石にはなり切れないって感じがする
どうしても動いてしまう
自分にあてはめてみて
自らを罰する と
罪を償おうとする とでは
思い浮かぶ中身が違った
正しいのは
明らかに後者で
それは罪なのか という問題はおいといて
それは どうでもいいことだ
二度と観ないつもりだけど
観たいシーンだけ観ればいいのかも
五位検事の台詞は 素直に 素晴らしかった
なんか安直だな って思ったことも確かだけど
でも 人生は 生きることは 安直でいい側面もある
昨日の「100分 de 名著」も ちょっと安直だけど
「助ける側のエゴ」は 凄い 鋭い と思った
昨日おととい 本当は
もっと 良く 深く 高く 知りたい 理解したい 考えたい
と思ったんだった
私は 熱しやすく冷めやすく 飽きっぽく 何やっても中途半端だけど
尊敬する人達に 一歩でも半歩でも近付けるように
もっと 前へ 先へ 上へ ちょびっとずつでも
と思ったんだった
私を好きだと言ってくれた人を
私が飽きるということがわからなかったから
私が飽きられ捨てられるまでわからなかった
やってることは相当矛盾してたけど
でもやっぱり 悪い言葉だが 想定の範囲外 だった
『真鶴』にも
「ほんとうのことはわからない」という記述があっておどろいたけど
それくらい頻繫に書かれるくらい 人には
「ほんとうのことはわからない」し
「ほんとうのことはいえない」のかもしれない
もしかしたら
別の意味も含まれてたのかもしれなかった
あのまま続けててもどうにもならなかったのだから
私は「帰る」という選択肢をまったく見てなかったのだから
でも いつかどこかで会っても
「ほんとうのこと」は 言ってくれないだろう
何を書きたかったんだったか 忘れた
ドイツ語まであと1時間 下巻を読もう
とにもかくにも
私を好きだと言ってくれた人を
私が飽きるということがわからない そんなことあるのかしら
19 Uhr
Mein Lieblingssänger hat gerade gesungen:
ほんと~のことは~だれも しりたくは~ないさ~
すべてをゆるせる~ほど~ やさしくな~れない~
ふ~む