第1部(第3編まで)読了。

「部」「編」で切れてるようで切れてないところがなんかいい。


長男の語りにおもしろいところがあったけど

何度か読まないとぜんぜんダメ、

今は全編とおして「何が書かれてるか」を知るので精一杯。


「こういう本を読める人になりたかった」わけではない。

でも読んでて「これは読んだ方がいい」と確信が持てる。


連続ドラマW 「罪と罰」 は一昨日ようやく第3話を消化して

さらに1日経ってから

登場人物の名前にも「下敷き」があるらしいことに気付いた。

照らし合わせてみると勘違いな気もしてしまうのだけど

ロシア語を解さない私にはわからない何かもあるかも。



寒過ぎて調子悪い

ちょっと調子悪いだけでなにもかもどうでもよくなるアマちゃんの私は

『罪と罰』の話で言うと


実際的には

災害 犯罪 病気 事故

こういう痛みや苦しみを引き受けられないしそんな勇気もない

けれども

心情的には

わかろうとし わかりかけて だからこそ「引き受けられない」と思う


『罪と罰』は

考えていることを実際に行ってしまう人間を描いていて

考えてるばっかで実際には何も行えない人間って果たしてどうなんか

みたいなことも書かれてるけど


私としては

行う前に 行った後なにがどうなるかを考え

行うべきではない と判断し得るのが人間であり

行えない理由が 勇気の無さや 臆病や 体面 であっても

行わない と決断し得ることもまた人間(の良さ)ではないか

と思う 一方で


それにもかかわらず行ってしまう もしくは

そんなこと考える余裕もなく行ってしまう というのもまた人間

とも思う


ここ数日 自分で書いといて

その数分後にはまったく逆のことを考えたり


私このままじゃダメになる

なにもかもどうでもいい ぜんぶ大したことじゃない

なにも考えなければいい なにも感じなければいい

と なにかを捨てそうになったりした


でも もしこの「なにか」を「捨て」たら たとえば

憧れの君様の奏でている音色を聴いてもなにも感じなくなる

ことになるんだよな と思った おまけに

「このまま」の中身も「ダメ」の中身もよくわかってないくせに

よく言うよね


本当に具合悪くなるほどではないけど

本当に具合悪くなってしまう人がいるの知ってるから でも

心情的には

わかろうとし わかりかけて だからこそ「引き受けられない」と思う

私 を捨ててしまったらおしまいだ


このドラマ二度と観ない と書く私 を捨ててしまったらおしまい


とまたテイのイイこと書く こういうところがキライ 自分の


「死ぬまで変わらない」 なんてわかるわけねーだろ でも


「死ぬまで変わらない」 と言わずにいられないのが恋であって


だからみんなケッコンするんだ そのために

なんかの前で誓いを立てたりする よくも知らないくせにね 悪いけど


かくいう私も

そのようなシーンを想い描く時がある バカは死ぬまで治らない


書きたかったのはこんなんじゃなかったのに そうそう


人と人との関係というのは 会った回数じゃない と思う

こないだ数えてみたんですけど って数えるまでもないけど(笑)

私 先生に7回しか会ったことがないんですよ 6日+1(笑)


それでも ごくごく限られた人に対しては

会った回数や 会っていた時間の長さで

羨んだり 悲しんだり することも事実で


恩師が言ってくれたように

ただ一緒にいたい ただ隣にいたい

なにもいらない なにもなくていいから

そういうものだと やっとわかるようになりました


だから私は 「死ぬまで変わらない」 と思うのです