一度読み通して行くので精一杯だったのに
席に座って
言いたいこと言って
みんなの言うこと聴いてたら
どうして私はずっと谷崎を読んできたのか
いったい谷崎のどこに私は惹かれてきたのか
わかった気がした。
多種多様な主題と舞台と文体とを駆使して
彼が書こうとしていたものは
志賀直哉のそれとは真逆の
「いかに生きるか」であり
一般的には見下されがちなその
「いかに生きるか」こそ
ずっと渇望していたものだと
理解した。
久しぶりの故郷行きの特急列車に揺られながら
安直過ぎて悔しいけど
やっぱりこれにたとえるしかないようだ
としぶしぶ受け容れた。
最初の「離別」は
その数年前から
既に始まっていたのかもしれない。
就職活動と呼ばれるものが流行り出し
何を目指していいのか見当がつかず途方に暮れながらも
多くの同窓生にならって故郷に帰ることは
私の目指すところではない
というぼんやりとした予感のとおりに
私は東京に残った。
もしかしたら
故郷に帰ることは
十代の頃「自分にちょうどいい」と繰り返し楽しんでいた
1000ピースのジグソーパズルの代わりに
500ピースのものを買って来て
「これで充分楽しめる」と慣れてしまう
ことに似ているとなんとなく感じていたのかもしれない。
「一緒に帰ろう」と
言わなかった彼も
「丸くなんなよ」と
言ってくれた彼も
「こっちで就職しなさい」と
言わなかった両親も
それをわかっていたのかもしれない。
当時の感覚からはかれば
今の私は
2000ピースくらいにはなっているように思う。
当時は想像もつかなかった
interessant なピースを
interessant な人々が
はめ込んでくれている。
強力な接着剤を必要とする箇所もあれば
そんなものを全く必要としない箇所もあれば
はめるべきピースを失ってしまっていても
大丈夫な箇所もある。
ずっと誰も気付いてくれなかった
ずっと自分でも気付いていなかった
ぽっかり空いた箇所を
その人は
一瞬で埋めてしまった
まさかその人が
そのピースを持っていようとは
夢にも思わなかった
そこが一生埋まらないなら
生きていてもしょうがないと思い始めていたから
きみはいまのまま
生きていていいんだよと
言ってもらったような気がした
祖母の七回忌の法要の後
昼の酒と大漁の鰻(笑)にノックダウンされ
静まり返っていた我家に
奴はオフロードバイクでやって来た。
みんなダウンしてるから外で(笑)
と打電したとおりに
奴と私は玄関の前に座って
長いこと話した。
そういえば昔もよく同じことをした。
昔ってのは単複同形の複数形だ。
奴の結婚指輪に
嫉妬しないまでも
なかなか違和感を拭えなかったけれど所詮それは
奴は昔から指輪をする人だが
私は昔から指輪をしない人だということに過ぎないと
一緒に納得できるような複数形だ。
10歳からの記憶のパズルを一緒に埋めながら
20歳を境にした頃よく
晩御飯の後
奴の車で岸壁に乗り付けて
奴は運転席で
私は助手席で
時々何か話して
あとは何も話さず
ただ波の音を聴き
ただ空が白んで行くのを見たことは
思い出さなかったのか
言い出さなかっただけか
わからない。
ある意味ではずいぶんゆがんだ体験だけど
ある意味ではとても守られていたのだと思う。
奴の呑み友達が
結婚したと聴いた時も
子供が生まれたと聴いた時も
私はそれを「おわり」だと認識できなかった
10歳の誕生日を迎える前から
私はあることを深く信じ込んでいて
何を聴いても
それは何かの間違いで
そのうち私が思っているとおりになると
今でも「おわり」だとは思っていないけど
何を聴いても気にならなくなったのは
今の2000ピースに
きちんと満足しているようになったからか
たぶん私の「結婚」は
東京に出て来る前から
とっくに「おわり」だったのだろう
東京に出て行く日
数日前に交通事故を起こして顔を縫った奴は
サングラスに松葉杖という凄まじい格好で
それでも何人かの友人と一緒に
駅まで来てくれたんだった。
そういえば
「最初」の彼が「告白」してくれた日は
奴が交通事故を起こしたのと同じ日で
いったいどんな「吉日」だったのか知らないが
2人の男友達が私に「告白」してくれ
2人の男友達が交通事故を起こしてくれたんだった(笑)
「たのしかった」とわざわざ書き送るほど
私は歳をとってしまったけど
それでも奴からの
「自分もたのしかった」という返信は
素直に嬉しかった。
会の後の宴で
隣に座らせて下さった恩師が
人間は罪深いと言うけれど
本当は
人間のしていることは
どれも素晴らしいのだ
という
まこ兄のそれとは全然違うだろう
「ニーチェの言葉」を
贈って下さった。
私は
私の人生を
肯定していいのなら
私の感情も
肯定していいはずで
それは
谷崎が
生涯を通して書き続けた主題とも
その人が
そのピースをそっとはめてくれた行為とも
一致する。
その人が
そのピースを
どこかに隠してしまったとしても
どこかに捨ててしまったとしても
心配で不安な私は
強力な接着剤を必要としたけど
他は何も要らない
他は何も見なくていい
そのピースだけを求めればいい
そのピースを求める気持ちに矛盾はない
愛情に
矛盾などない
そして同時に
私が「いやいや」をするたびに剥がれ落ちるいくつものピースを
辛抱強く黙々とはめ直してくれる
彼を残して
この世を去らねばならない瞬間に抱くだろう激しい感情を
反芻しながら
たくさんのピースをはめ込んでもらって
私は
より強く
より美しく
もしかしたら
より正しく
生きて行くべきで
校門に掲げられた「正しく強く美しく」の文字のとおりに
実家に置きっぱなしだった数珠の箱の中に
母が裏に「こういう人になって欲しい」と書いて贈ってくれた
絵葉書が入っていた。
偶然にも
先日まこ兄が紹介していたのと同じ手による書で
遊びに来てくれた人が
「たのしかった」と言ってくれる
「そういう家」に住む
「そういう人」に私もなりたいし
中学生だった私が
舞浜で有り金はたいて買った1000ピースは
もうその壁に掛かっていなかったけど
私の家は
違う場所にある。
前に進もうとする時
人は自らを語りたがる
のかもしれない。
先生
夏スクはいつからですか。
また先生の講義を聴きたいです。

