先週メールをいただいた時
ちょうどマコ様がテレビに出てまして(笑)
その後
どういう文面にするかずっと考えていたら
1週間経ってしまいました。
半分(彼の本の話。笑)は先日向こうに書いたので
もう半分はこちらに書きます。
笑われてしまうと思いますけど。
♪「もう恋なんてしない」なんて~
有名フットボーラーの引退宣言くらい意味の無い(笑)台詞だと
わかってはいるんですけど。
「未来」が
自分の「思い通りにならない者」だとしても
自分で規定してやろう
自分で方向づけてやろう
と試みることはそれほど悪くないんじゃないか
とぼんやり思います。
というのは
もう私に「新しい恋」は無く
「今ある愛」を深めることにしか
興味がわかないからです。
なんて書くこと自体が「意味の無い(笑)」ことだとも
わかってはいるんですけど。
その人は
自分が築いた壁を
私が「嘆きの壁」とし
その前でたたずんでいる限り
私の安全が守られる
そういう場所に壁を築きました。
この先
どんなに素敵な素晴らしい尊敬しうる人が現れても
その新しい人との新しい場所に辿り着くことは
簡単なんです。容易いことなんです。
確かマコ様も
「敢えて難しい方を選ぶ」と書いていました。
普通であれば
何かを解決したいなら
そこから遠ざかろうとすると思うのですが
今回の場合は
そこを掘って行く感じなんです。
普通であれば
何かを解決したいなら
未来へ向かって進もうとすると思うのですが
今回の場合は
過去へ向かってしまいそうになるのです。
だから私は
解決しようとしない、出来ないのかもしれません。
掘って深めて行くのは悪くないことだとしても
「距離」はいつまで経っても生まれませんよね。
「書く」こととは自らを切り刻むことだと昔から感覚的に知っていました。
私が血まみれになるのはいいのですが
それだけでは済まないような気がして
いえ。こんなの言い訳に過ぎませんよね。
一度そうなってみてから言え、って感じですよね。
私は直接は言ってもらえませんでしたが
かの大先生が
「自分が破綻するつもりで書きなさい」
とおっしゃった意味が今とてもよくわかるし
安心して破綻して行けて
その破綻も含めて受け止めてもらえる私は
幸せです。
「自分を社会的に広げる興味を失った」というのは
「今ある関係性の中でのみ生きて行きたい」と感じるようになった
ということです。
くだらねーなーと思います。
こんなものは一時的な感情に過ぎないと。
でも私はいつも
作品をはじめからおわりまで読み通すばかりで
その「間」、「アワイ」というのでしょうか、
そこにたたずんでいる状態もしくは
そこから先へ進めなくなる状態があることを
知らずに生きて来ました。
そう思うのであれば
だからこそ
あの作品で作品論を書いてみるべきなんだ
と思えるのに
「裏メモ(笑)」から止まったままで恥ずかしいです。
それでも
(むりやり形容するなら)死を内包している「恋」が出来たこと
そんな残酷な「恋」を包み込んで守ってくれる「愛」がいくつもあること
を実感出来ている私は
幸せです。
それと
ひとつの徳利から
ふたつの猪口へ注がれたお酒を
おなじ時間に
おなじ場所で
また一緒に味わうことが出来たら
幸せです。
次はちゃんと
メールにしますね(笑)