レイコさんを「たぶらかす」女子中学生のクダリは

単なるビョーキでは片付けられない気がしてきた。


「ありとあらゆる嘘を吐く」というのは極端な行為のように思えるけど

実際やってるよね… いや「嘘を吐く」のとはだいぶ違うんだろうけど


相手によって

違うことを言う

言わないで黙っている


あの人になら話せるけど

この人には口が裂けても言えない


というような切り替えを誰でもやっているでしょう。


現実ではないことを言うのが「嘘」だとすれば

現実にあることを言わないのは何なんでしょう。


自分の目的を達成するためには

他人を傷つける嘘も平気で吐く


という女子中学生の「嘘」が

具体的にどんなものか書かれていないのでよくわからないし

「幸せ」という言葉と同じく

この作品に非常に多く出現する

「傷つける」という言葉にも違和感を持っている私はどうしても

マユツバで挑まなければ、と思ってしまう。それはさておき


もし彼女に「本当に言いたいこと」があったとするなら

言いたいことを言えないのは相当しんどいことだったと思う。


彼女の「目的」は比較的詳しく書かれていたけれども

それはレイコさんが推測したソレでしかなく

本当のところは誰にも

もしかしたら彼女自身にもわからなかったのかもしれないけど


彼女は「嘘」をも含めた「言葉」を建材として〈壁〉を作り

その内側の「誰にも言えないこと」を守ろうとしていたんじゃないか。


だからレイコさんに対する

「私、寂しいの。先生しかいないの。だから捨てないで。」

という台詞は、実は彼女の「本当の気持ち」だったのかもしれない。


もしくは

彼女がレイコさんに対してした行為が

彼女の「本当にしたいこと」だったかもしれない。

そうだとすれば「誰にも言えないこと」という言い方も腑に落ちる。


反対に

「言葉が見つからない」という直子は

自分で自分を守る術を持たないということになるし


「セックスとは言葉では表現できない会話をしているだけだ」

というワタナベ君の言い分につなげるなら


直子は誰とも「会話」が出来ない、

誰とも心を通じ合わせることが出来ない状態にあったということか。

それを病気のせいにしてしまうのは危険だと思うけど。

病気が原因なんじゃなくて、結果が病気なのか。



「結婚して、好きな人に毎晩抱かれて、子供を産んで、それだけなの。」

というハツミさんの「幸せ」の定義にはガッカリ来たが


一見ガッカリなこの定義、

実は意外に本質的なところを突いてんのかもな~ と思う時もある。


作品からはかなり遠ざかるけど


「出産」は

「結婚」以上に社会的なもののように今は感じる。


どう考えても

「結婚」は人生の・恋愛のゴールではないし

「出産」にも同じことが言えるのだけど


「出産」は

「結婚」以上に自分に関わる人々を「幸せ」にするんじゃないかと。


知人が出産したと聞いて

意志に反して生じる苛立ちのようなものに気付かない振りをし

「ふ~んそれはよかった」で済ませてきた私もついに


目の前にいる

○○くんと○○ちゃんの子

を無条件にかわいいと思った。つい最近の話。


今、周りを見渡しながら想像するに

もし私が「出産」したら

きっとみんなとても喜んでくれるだろう。


きっとみんなとても喜んでくれるだろう

と無条件に思えるということが

今の私の「幸せ」を表していると思うし

できるできないはこの際どうでもいいことで


共有の可能な

利害の絡まない「幸せ」は

これしかないんじゃないかな。


利害が絡まないなんて私が言うのも変だけど

子供ってのは

誰が産んでも

誰が育てても

いいんだって大庭みな子が教えてくれたから。



書かないと

保てない。