ステキな家があって
自由な時間があって
働かなくても食べて行けて
いったい何が不満なの?
不満というより
ぽっかり空いてるという感じ。自分の中に何かが。
昔ランディさんが
「女は男の空虚に間借りする」と書いていたが
私にしてみれば逆で
「私は私の空虚に男に間借りしてもらいたい」という感じで
つまりは「空虚」って言葉になるんだろうな。
美佐子の「空虚」が、今はとてもよくわかる。
彼女の台詞ひとつひとつも、とてもよくわかる。
「ただひとりの女性」を追い求めていた谷崎にしてみれば
「要の妻・弘の母としての美佐子」と
「阿曾の恋人としての美佐子」とを
同時に成立させようという意識は薄かったのかもしれない。
とはいえ
「阿曾の恋人としての美佐子」を本人に選択させながらも
「要の元妻・弘の母としての美佐子」は継続するのだという示唆が
明確になっていることは注目してよい(いま気付いた)。
いずれにしろ
「要の元妻・弘の母としての美佐子」よりも
「阿曾の恋人としての美佐子」の方を大切にして生きろ
って示唆だよね。
昨日自分の書いた論文を読んでいて
いま話題の桐野夏生さんの言葉を引いていたことを興味深く思った。
谷崎はずっと、婚姻関係について書いているのである。
婚姻とは、欲望を閉じ込める箱でもある。
その中で起きる男と女の物語を、谷崎は夢中で書いたのだ。
『文豪ナビ 谷崎潤一郎』 新潮文庫
婚姻とは、欲望を閉じ込める箱…
谷崎はそれでいいかもしれないけど…
欲望を閉じ込めるのもいいけど(社会の安定に必要な制度という意味で)
敢えて片側からの見方で言うけど
「夫がすべて」って
本当に幸せなことなん?
「もうこの人しか要らない」という男と巡り会えたこと自体は確かに幸せだろうが
「もうこの人しか知らない」という人生はある意味とても危険な気がするのだが。
