課題図書の参考図書として。
こないだ恩師に
「あの頃なぜ好んで安部公房を読んでいたのか今となってはわからない」
と書き送ったのだが
この作品を読んで少しわかった。
この作品には私が抱えている問題というかテーマのうちの
2つが書かれていて(私にとってはこの2つが全てと言っても良いのかも)
1つはここに書いてもそれほど支障の無いもので
これから「社会」に出て行かなければならないという
「流れ」に疑問を抱きながらも流されるままだった私が
「今まさに」問題にしていた問題だったから
思いっきりツボにハマったわけだ。ホント些細なことなんだけど。
もう1つについては
それをここに書くつもりでこのブログを始めたのだが
私の「素顔」を知っている人にこのブログの存在を教えたがために
どうも書きにくくて止めてしまったテーマ
というのは言い訳で
とても文字にしてなど表せない、
もしそうしてしまったら私が私ではなくなってしまうようなものなので。
と書けたということはつまり
私自身が私という「顔」を持っていて
それを壊さないようにビビりながら生きているってことが
まさに「壁」なんちゃう
とここまでわかったってことじゃない? あたしすげー
でも併せ読みで読み解くのってちょっとファウルくさいし
特にこのケースはある意味まさにオフサイドですよね? >先生![]()
今はわかる、
「自分が壊れてもいいという心づもりで書きなさい」
という先生方の言葉が。
私は安部公房に「挑む」べきだったのではないか
と過去形に逃げないで
私は安部公房に「挑む」べきなのではないか
いや~無理だな~と現在形の私は逃げてしまう。
追記:「テーマの追加」をしていて気付いた、
『他人の顔』と『砂の女』しか書いて=読んでいないことに![]()
