文学と同じく

家作りという作業も私にとっては

自己確認であった。


自己実現ではない。念のため。


形の無いものをどう考えるか

形になってしまったものをどう見るか


初対面の人とどう付き合うか

顔見知りの人とどう付き合うか

死ぬまで顔を合わせ続ける人とどう付き合うか

これからも会いたい人とどう付き合うか


して欲しいことをしてもらうためにはどうすればよいか

言いにくいことを敢えて言うにはどうすればよいか


自分の主張をどこまで通すべきか

妥協することは敗北ではないのか


相手をどこまで信用してよいか

自分はどれだけ信用されているのか


自分の面倒くささ

自分のだらしなさ

自分の片付けられなさ


自分のセンス

自分のセンスの無さ


愛情

厳しさ

許すこと


ある意味

出来上がった家そのものはどうでもよく


もちろんどうでもよくはないのだが

持ち家とはいえ厳密には

恒久的に私達の所有物であるわけはないのだから


くどいようだが私にとっては

この過程そのものが勉強であり宝物であった。


明日以降に待っているものは

薔薇色の生活ではない。


でも頑張って建てたからこそ得られる時間や経験が

必ず待っているはずだから

不安も多いが、楽しみではある。