国立劇場文楽公演五月 『絵本太功記』


昨日は第二部を鑑賞。


お目当ての十次郎、やはり途中で首(かしら)が変わった。

ずっと「若男」で、これから戦に出掛けるというので

鎧を着て現れた時もまだ「若男」で、

「手負い」の状態で再び現れた時に「源太」に替わっていた。


確かに十次郎は美しかった。

彼の最期は特にステキだった。死を迎えるシーンというのは

人形が魂を失い、ただの人形へ戻る、ということで、

人間が演じるより、リアリティがある。と思う。


が、「手負い」にしては、矢が刺さっているくらいで

着衣の乱れもないし、顔もキレイなままだったので、

ちょっとイメージしていたのと違った。


土門拳 の写真では、モノクロなのに加えて、

首が年代物なのか、ところどころ塗がはげていて、

いかにも「手負い」という感じなんだよね。

返り血を浴びて、まさに瀕死、という感じがするのだ。


土門拳の写真を評しての言葉に

「写真は実物を超える」というのがあったと思うのだけど、

まさに「手負いの十次郎」が、それだった。


文楽の楽しみ方は、回数を重ねるごとに変わって行く。

今の私は、「人形だけ楽しめばいい」なんてのは卒業できたけど、

「人形に浄瑠璃を重ね合わせて聴く」というごく当たり前のやり方は

目も耳も働かせなきゃいけなくてちょっと大変なので、

「浄瑠璃だけ集中して聴き、物語のディテールを確認する」

というやり方が楽しいらしい。


第一部の補記:


・「仮名手本忠臣蔵」と似ている部分があった。

 松の廊下・おかる勘平を参考にしたのではないか。


・人形が屏風に筆で文字を書くシーンは見事だった。

 写真で見る限り、玉男さんよりも

 今回の勘十郎さんの方が、ずっと達筆らしい(笑)。