私の場合は、だけど


家族というものは、それぞれがある程度の成長を遂げたら
ある程度の距離をとって暮らすのがいいのではないかと思う。


うちは、正月と、あともう一回くらいは、子が帰省している。
働いている頃、私はお盆を外して、7月や9月に帰っていた。
年2回という頻度は、いまどき珍しく、高いのではないか。
それでも、うちは2人とも18歳で家を出ているので、
まぁこんなもんじゃないかと思う。年2回も苦痛ではないし。


学生時代、何年も帰省しない友達も実際いた。
アルバイトが忙しいとか、切符代が無いとか、現実的な理由があって
帰らなかった人もいたし、帰りたくないから帰らなかった人もいただろう。


私が入学した大学は、私のクラスが特別そうだったのかもしれないが
とにかく「自宅生」が多く、一人暮らしの方が少数派だった。


まぁ、男と女とではまた違うのかもしれないが、基本的に私は
一度も家を出たことが無い人というのは、どうもよくわからない。
もちろん否定しているわけじゃなくて、私はそうじゃないから
その感覚がよくわからない、という意味です。


なぜかというと、親や兄弟姉妹とずーっと一緒に暮らすなんて、
ハッキリ言って、ものすごく苦痛だろう、と思うからだ。


「自宅生」だった友達は、みんなスクスク育った感じの人ばかりで、
家庭内に問題を抱えて暮らしているタイプの人はいなかったし、
今はみんな家庭を持って幸せに暮らしているから、
大丈夫な人は大丈夫なのだろう。


だけど、親といえども、自分とは別の人間であり、一心同体ではない。
だから、ものの考え方や行動パターンは、皆それぞれ、自分とは異なる。


それは仕方ないとしても、家庭内で「モラルの基準」が違うということは
私にとっては相当なストレスになる。
そして肉親だからこそ、相手の行為が自分のモラルに反した時には
どうにも我慢ならない。頑張って正義感を振りかざしたりする。


これが他人ならば、「他人だから」と放っておくなり、
「下級のダメな奴ら」と切り捨てたり、あきらめもつくのだけど、
肉親の場合は、なかなかあきらめ切れなかったりする。固執してしまう。


そういう「合わない」人と、毎日毎日顔を合わせて、
ご飯時には同じ食卓を囲まなければならないなんて、地獄ですよ。
こう考えれば、円地さんの言ったことも、 わかるってもんだ。


田口ランディさんが、家庭というものは、
そういう恨んだり憎んだりする時と、
朗らかな時とがサンドイッチになっている場だ、と書いたことがあった。


家族間でも、いわゆる「うざい」時と、やさしくされて嬉しい時と、様々だ。
このやさしさは、離れているからこそ生じる、とも言えるのではないか。
毎日毎日顔を突き合わせていたら、お互いなかなか素直になれないし。


肉親だからこそ生じる確執は、実際にある。
でも、肉親というのは、何かあった時に、無条件に共感し合い、
協力し合える間柄でもあるはずだと思う。
だから普段からベタベタ仲良くする必要はない。
親は子の、子は親の生活を、離れて見守るくらいがちょうどよいのでは
ないか。まぁもちろん、生活のサポートが必要になった場合は別だけど。


だから私は「姉妹みたいな母娘」とか「父親とデート」とかいうのが
気持ち悪くて仕方がない。親は親だ。それ以外の何者でもない。


とは言うものの、私は帰った時には「子」として、やりたい放題だ。
ちっとも大人になっていない。
でもそれは、自宅に帰ったら取り戻せばよいわけで、
実家に帰った時くらい、いいんじゃないか?と思ったりする。


この歳になると、兄弟姉妹の嫌なところが、実は少し前まで
私自身がやっていたことだ、ということに気が付いてしまったりする。
それはそれで、なかなかのショックだ。


だから、いい歳になったら、離れてしまえばよいのだ。
離れることによって解消することも、少なからずあると思うよ。