たぶん「くろいあじさい」と読むのだと思います。
手書きパッドで出したら「あおぐろい」になってた。
こういう切り口から戦争を扱った小説は初めてだったので、
ちょっと衝撃を受けてしまった。
いわゆる上流階級出身の母と、その息子。
母は階級を否定し、一市民として生きることを志し、
息子もそのような母の下で育った。
しかし、息子を戦地に送らないためには、
上流階級の持つ特権を使わなければならない。
それを頑なに拒否する息子は、
国家の恩寵の下でぬくぬくと暮らし、いざという時でさえも
国民の犠牲の上で生き延びようとする上流階級を憎んでいる。
そのような息子の思想は、母の教育によるものだ。
しかし、母は息子を死なせたくはない。
そして、その特権を利用してしまった。
息子にとっての母は、立派な思想を持つ尊敬すべき存在。
それを破った母の顔は、「眼も鼻も口もばらばらに
ぶち砕かれたみたいで、ほんとうはとても汚く見えた」。
前にも書いたけど、「人命より大事なものは無い」という姿勢で
私は小説を読むようにしている。なので、この作品に関しては、
思想なんかどうでもいいから息子の命を救いたい、というのが
母というものではないか、と思いながら読んでいた。
精神に異常を来した息子と対峙した時の母の言葉には、
実はまだよく飲み込めない部分があるんだけど、つまりは
息子がどうなろうと、母である自分とのつながりは変わらない、
というようなことを感じ取ればいいのか。違うような気もする。
一方で、父と母である夫と妻との関係は、『ひもじい月日』と同様、
不安定…じゃない、離れている…わけでもない、なんつーか、
要するに、あったかい状態ではない。
子がいるから辛うじてつながっていられる夫婦、というのは
実際にあるだろうけど、この作品に限って言えば
父と母には、決定的な違いがあるものだ、と感じた。
この作品では子が男だし、書いているのが女性だから、ということも
あるけども。
…あ、でも、最近は母が子を殺すこともあるんだった。
例の「現実が小説を乗り越えてしまった時代」ってことかね。
