ジュビロ磐田 vs 浦和レッズ 3-2 ヤマハスタジアム
本日は授業のため生中継は観られず。
というか。
TBSって「生中継」じゃないんだよね、いつもいつも。
そんな姿勢でしか仕事が出来ないなら、
ウチの放映権、取らないでもらえます?
携帯で途中経過をチェックしていたので、
家に着く前に敗戦を知った。
帰宅途中、ここには書けないようなヒドイ言葉が
頭の中に渦巻いていたのだけど、ふと冷静になって
自分には全く関係ないはずのスポーツの結果によって
どうしてこれほど感情が乱されてしまうのだろう?
と不思議に思った。
(冷静になれるようになったか。成長したなぁ、あたし。)
サッカーは、実に単純なスポーツだ。
よく言われるように、ボール1個あれば、どこでも出来る。
1個のボールを、相手の陣地のネットに突き刺すだけ。
ただそれだけのスポーツだ。
なのに、政治や経済まで動く。殺人まで起こる。
大事な一番で負けた。
この事実は、浦和レッズの選手たちにとっては
大変な痛手だと思うのだけど、
正直に言って、私の生活には、何の関わりも無いことだ。
怪我をするわけでもないし、テレビが壊れるわけでもない。
にも関わらず私は、まだ観てもいない試合に対して
あれこれ思い悩み、想像し、そして苦痛を感じた。
私の場合、無条件に応援しても不思議はないのは
モンテディオ山形だけだろう。なんたって地元なんだから。
浦和レッズの場合は、いろんな条件が重なっての
「応援する気持ちの誕生」があった。
それに前にも書いたけど、サッカーの経験がない私は
「真のサッカー好き」には絶対になれない、という引け目を
いつも感じている。
だけど、ゴールが決まった時の嬉しい気持ちは、
サッカーの経験がなくても、なんとなくわかるのだ。
スタジアムにいれば、立ち上がって両腕を突き上げる。
勝った時はいい。
負けた時の、この気持ちは、一体なんなのだ。
どうしてこんなに腹が立つのか。なぜ選手を憎んでしまうのか。
もしかして、私の人生は、
私以外の人の人生をも取り込んで成り立っているのではないか。
小説を読むということには、
そこに描かれる「私以外の誰かの人生」を垣間見ることによって
それを自分の人生経験として取り込む、という意味がある、らしい。
登場人物と自分を重ねることによって、深い共感が得られたり、
何かを考えるキッカケを得たり、確かにいろんな経験が出来る。
サッカーの経験がない私だけど、もしかしたら
プレーしている選手たちから、嬉しい気持ちや悔しい気持ちを
いくらかもらっているのではないかな。
これは共感とは違うな。それは自覚的なものだ。と思うのだけど。
逆に言えば、サポーターに人生経験を分け与えることの出来る
スポーツ選手のあり方も、おのずとわかってくる、ってことかな。
しっかし人間、変われば変わるもんよねー。
ちょっと前までサックスブルーの側で応援していたくせに。へへ。